FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第18話 3か4か

3次元の有限変形(大変形)問題を対象とする構造解析では回転量のことがずいぶん厄介な問題となる。並進変位量のようなベクトル量ではなく、連続操作での交換則も成り立たないからである。つまり、3次元の回転操作を表現する数学的道具に悩んでしまうのである。

2次元平面の世界では、任意のベクトルを他の任意のベクトルに移す操作、つまり変位、回転操作は容易に数学表現できる。2次元ベクトルは複素平面上の複素数の表現に他ならないからである。

高校時代に習った数学を思い出していただければすぐ理解できる。

2つの複素数 Z1=r1(cosθ1+i sinθ1)、Z2=r2(cosθ2+i sinθ2 の積は

Z1 Z2=r1 r2 {cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2)}

となり、Z2Z1 を掛けることは Z2 の動径を θ1 だけ回転してその長さを r1 倍することを意味している。

図18‒1 2次元ベクトルの回転

図18‒1 2次元ベクトルの回転

つまり、2次元平面内の回転は2変数あれば一意に決まり、積の交換則も成立する。そうすると、次は3次元の世界に目が移るのは自然の成り行きで、3変数あれば、3次元の回転を表せると思って、随分長い間悩んだ結果、“4元数”という数体系を編み出した人が、今から200年ほど前、アイルランドのダブリンで生まれた天才数学者ハミルトン(Hamilton;愛蘭1805-1865)である。

結論を言ってしまえば、3次元の回転は3変数では表現できない。つまり、その回転を表現するには回転軸の緯度、経度に2変数、その軸回りの回転角に1変数、そして、軸の伸び縮みに1変数と計4変数必要である。

4元数というのは数表現としては次のようになり、スカラー部とベクトル部の2つで構成される。

A+Bi+Cj+Dk  i2=j2=k2=ijk=-1

ハミルトンは妻との散歩中に、4元数の考えがひらめいて、たまたま渡っていた橋の壁にナイフでその基本式を刻んだという。今も、それは現地に残っていると聞く。ちなみに、ハミルトンは非常なメモ魔で、食事に出たゆで卵の殻にもメモをしていたという。

4元数の発見で重要だったことは ij=-ji、つまり、積の交換則が成り立たない数体系の発見ということである。これは人類が初めて出くわした数体系の世界であり、ちょうど、ロシアの数学者ロバチェフスキーが平行線の公理を捨てて発見した非ユークリッド幾何学に相当するもので、当時の数学・科学界には一大センセーションを引き起こしたらしい。

数学史的に見れば、4元数の発見は非常に重要な出来事で、4元数のベクトル部分の研究から――これにはハミルトンも大いに貢献しているが――ベクトル解析という数学の一分野が生まれ、積の非交換則という観点からはやがて、行列代数が生まれたという具合である。

ところが、4元数自身はといえば、その後、挫折の歴史なのである。ハミルトンが物理方面への応用を考え、大作の書物を著したりするが、かえって難解な説明になってしまったという。

そんなことで、数学、物理の世界では4元数派とベクトル派の二派に分かれる事態になり、両派の間で随分と論争があったようである。最後にはベクトル派の勝利となるが、これにはアメリカの大物数学者ギブス(Gibbs;米1839-1903)の後押しが大きかったと言われている。今では、ベクトル解析の生みの親はギブスと言われているぐらいである。しかし、元々はハミルトンが導入した4元数のベクトル部をギブスが研究したことからベクトル解析が生まれたことをわれわれは忘れてはいけないだろう。

さて、人生の後半に幾多の輝かしい勲章を受けながら、自ら生み出した4元数に自縄自縛となり、二級数学者の評価に陥ってしまい、だが、英語圏ではかのニュートン以後の最大の数学者とも称えられたハミルトンについて、次回で少し紹介してみよう。

2003年3月記

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