第17話 経典は変分原理
イスラム原理だ、キリスト原理だといって世情騒がしいこのごろだが、こと古典力学の分野の教典といえば変分原理がそうではないだろうか。
われらが有限要素法も、その基礎論からスタートしようと思えば、やはりエネルギー原理と等価である変分法の教科書に目を通すことになるだろう。重みつき残差法などが出てきて、一般の偏微分方程式の数値解法として利用されるようになり、工学分野で必ずしも変分法が必須の道具ではなくなった。だが、応用力学に携わる人間にとっては、物理的に意味を持つ変分法がやはり馴染む。
変分法は大学の教養課程で習う一般力学の教科書にも出てくるので、工学系の人にとっては必ず学習しているはずと確信する。忘れてしまったという人のためにあえて言えば、変分法というのは汎関数の極値問題を扱う学問である。
その汎関数は何かといえば、関数の関数のことである。変数 x を持つ関数 y の変化、極値を扱うのが微分ならば、汎関数の極値問題を扱うのが変分と言うわけだ。だから、汎関数の式は下の式のような形をとる(下の式は1次元領域の場合)。
弾性体の分野で言えば、上の変数 y に当たるのが変位であり、y’ に相当するのが歪であり、I が歪エネルギーに相当する。この歪エネルギーに最小原理を利用して弾性体の平衡式を求めるのが変位法の有限要素法だ。
変分法の端緒となった問題は有名な最速降下曲線問題だ。重力の作用の下、2点間を結ぶ曲線上を動く質点が、初速ゼロからスタートして最小時間で最終点に到達できるのはどんな曲線かと問う問題である。この問題は数学家一族で有名なスイスのベルヌイ(Bernoulli)家のヤコブ、ヨハンの両兄弟により始められた。ヤコブ(Jacques;瑞1654-1705)はこの問題の求解を広くヨーロッパの数学者たちに求めたそうだ。その昔、ガリレオ(Galileo;伊1564-1642)は、この解を円だと予想していたとのこと。もちろん正解は円ではなく、サイクロイド曲線だ。
また、2点間でつるされた紐や糸が重力場の下で描く曲線の問題も変分法の有名な問題である。ガリレオはまた、この解を放物線と思っていたらしい。正解は放物線とよく似たカテナリー曲線であることは高校数学で教えている。
ガリレオという人は近代物理学の扉を開いた人だが、結構、間違いもおかしている。応用力学の分野でも片持ち梁の理論を最初に提案しているが、やはり間違いがあった。
ガリレオの名誉のために言っておくと、彼はニュートンの生まれた年に亡くなっている人である。したがって、微積分の発見から始まる解析学の誕生以前の人で、理工学分野の道具を持っていなかったわけである。
2003年2月記