FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第8話 ベクトルとテンソル続き

前回はベクトル、テンソルの具体例として力、応力などを挙げたが、面白いところでは数学演算子がある。下のように3次元ユークリッド空間で定義した1階微分演算子 XXX は座標変換に際してベクトル的に振る舞い、2階微分演算子 YYY はテンソルとして振る舞う。

微分とくれば積分だが、下の積分 ZZZ はテンソルとして振る舞う。これは物理的に言って慣性モーメントそのものであり、テンソルの代表例の1つである。

さて、積分演算子の振る舞いの話が出たところで、ここで一番強調しておきたかったテーマとなる。

図8‒1 板の曲げモーメント

図8‒1 板の曲げモーメント

一般に、板やシェルの弾性解析では、応力を直接扱うのではなく、板厚方向に積分(横断方向は単位長さ)した断面力を扱うのが伝統的手法である。この手法の背景には、板厚のサイズが板表面の広がりサイズに比べて極端に小さいことを利用して、断面内での応力が直線分布しているとする仮定の存在がある。これはフレーム解析のベースになっている梁理論の手法と同じである。

板の断面力が応力と同じ振る舞いをするところから(すなわち、板の断面力はテンソルである)、これを一般化応力と呼ぶ教科書もある。しかし、板の断面力には応力と違って、興味深い特質が1つある。曲げモーメント等の断面力がテンソル的性質を持つのに対して、面外せん断力だけはベクトルとして振る舞うのである。それゆえ、断面力を座標変換する必要がある場合、2種類の座標変換を施すことになる。

ところで、有限要素法の出現による罪作りな話の1つが板の解析の場合である。

有限要素法が板の解析に適用される以前、板の数値解析といえば、差分法で解かれる場合もあったが、一般には、たわみをフーリエ級数展開して解く級数解であった。したがって、板の形状が矩形とか円形といった非常に単純なものでしか扱えなかった。必然的に、結果として出てくる曲げモーメント等の断面力は最初に設定された全体座標系を参照するものであり、座標変換の必要性がほとんどなかった。

級数解の実例は応用力学の大家チモシェンコ(Timoshenko;露1878-1972)の著 “Theory of Plate and Shells(邦訳あり)”に大変詳しい。

一方、有限要素法では、板に穴があいていようが、切り欠きがあろうが、幅が変化しようが、おかまいなしで適用される。こんなケースに有限要素法を適用するとメッシュに一様性がなくなり、歪んだ四角形要素があったり、三角形要素が存在したりする。

図8‒2 板要素の要素座標系

図8‒2 板要素の要素座標系

断面力は板断面を確定してから定義するものだから、各要素でそれぞれ都合のよい要素座標系が設定される。必然的に、各要素で求まる断面力は各要素の要素座標系を参照している。だから、板構造全体で眺めると、ばらばらの方向性をもった断面力の集まりになっている。これでは板の断面力評価がしづらくなる。こんな状態で断面力のコンター図など描くのはとんでもない話で、この場合、統一的な座標系に変換する必要がある。ここで、板解析で一番重要な曲げモーメントをベクトル変換してしまう間違いを犯すこともある。

さらに注意を要することがある。いかに、板の曲げモーメントをテンソルであることを認識していても、むやみやたらと座標変換(もちろん、テンソル変換)することは数値のお遊びに過ぎなくなることがある。

第7話では、テンソルはベクトルと違って作用面も考慮する必要があると述べた。板の断面力で言えば、断面力として定義された(板厚方向×単位幅)の積分領域がそれである。それゆえ、積分範囲が板厚方向でなくなるような、換言すれば、板表面の法線ベクトルが方向を変えるような座標変換をしても、出てきた数値は物理的には意味を持たないものである(図8-3)。

図8‒3 意味のない断面力の座標変換

図8‒3 意味のない断面力の座標変換

図8‒4 極座標系への変換

図8‒4 極座標系への変換

いい例として、円孔を持つ X-Y 平面内にある平板の曲げ解析したとしよう。円の周りはおそらく、三角形や歪んだ四角形メッシュで囲まれているであろう。解析者は、円の付近の曲げモーメントは全体座標系であっても要素座標系であっても(X-Y)座標系で評価するよりも(r-θ)系の極座標に変換して評価したいであろう。この場合の座標変換は、板表面の法線ベクトル方向が Z 軸方向で不動だから別段問題はない。

以上のことは、学生時代に板理論を学習してこなかった設計者が、有限要素法を使って板構造の解析をする際、往々にして度外視することなので、心当たりのある人は以後、肝に銘じて欲しい。

2001年1 月記

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