FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第3話 ロッキングとアワーグラスモード

過去、筆者の所に有限要素法のユーザーから同じ内容の相談事が何度かあった。ある解析モデルを有限要素法で解析したところ、何となく硬い解が出てくる。少し不安になり、その解析コードを使って理論的に解が判明している片持ち梁の問題を解いたところ、やはり硬い解が求まる。それも理論解に比べて、変位も応力も随分小さめの値になるというのである。

これはロッキング現象と言って、メッシュ分割数を多くしようが、結果はあまり改善されないのである。実はこの現象が変位型有限要素法の一番の泣き所なのである。

ロッキングという言葉は既に第2話のミンドリン板要素の板厚問題の所で出てきた。第1話、第2話で話してきた平板の問題は、面外方向から荷重がかけられ、その応答として、たわみ及び曲げモーメントを求める問題であった。

一方、平板問題には、荷重が面内方向だけにかけられ、面外方向の曲げの発生しない、板の膜応力状態を扱う問題もある。実際の板構造の解析モデルに平板要素を使用するとき、線形解析である限り、面外の変形モードと面内の変形モードは単純に重ね合わせられているだけで、1要素内で両モードが連成することはない。したがって、平板要素を使用した結果、板の表裏面で出力されている応力値(断面力ではない)は両者の結果が加算されたものである。

さて、面内の変形モードのことであるが、これは2次元問題の代表的要素である平面応力要素と全く同じものである。冒頭で話したロッキングは、実は、平面応力要素(他に平面歪素も同様)で生じるロッキングで、これは3次元でのソリッド要素にも通じる同根の問題なのである。

図3‒1 片持ち梁の載荷問題

図3‒1 片持ち梁の載荷問題

A のたわみ B の曲げ応力
梁理論 10.00 300.0
メッシュ1 6.81 218.2
メッシュ2 7.06 218.8

図3-1にあるのは、片持ち梁の端部にモーメント載荷した平面応力要素モデル図であり、2つのメッシングで計算した結果が右の表にある。図表で見るようなメッシュ数に依存しない結果の悪さは、要素剛性マトリックスを求めるための要素積分の際、せん断応力を過大評価するからだと解釈されている。

要素内の変位関数の次数からして、数学的に妥当な(ガウスの)数値積分点数を使用するとロッキング現象が発生する。たしかに、同じ梁状の構造物でも引張り/圧縮問題では正常な解を出すのに、せん断と密接な関係にある曲げ問題に適用すると、たちまちロッキングを起こす。それで、これを特に、“Shear Locking”と呼んでいる。

有限要素法が工学分野で広く使用され始めた初期の段階での要素と言えば、2次元では三角形要素、3次元では四面体要素が多かった。その後、現在の標準要素とも言えるアイソパラメトリック要素1 が開発されるに及んでロッキング現象が発見されたのである。それならば、昔に戻って三角形要素等を使用したらという考えも浮かぶが、うまく制御すれば精度はやはり四角形要素、六面体要素がいいのである。

ロッキング現象の原因を上で述べた解釈に立てば、積分点数を減らす方向にいくのが自然な手立てだろう。実際、この手法は“低減積分法”と言って、一時期、適用されてきてきたものである。病根がせん断応力だということで、この応力成分を軸応力成分と分離して低減積分法を適用したものを“選択低減積分法”と呼んでいる。前者は要素稜線の中間に節点を持つ高次要素で、後者は低次要素で使用されることが多かった。

筆者が、有限要素法はかなり経験工学的であると思うのはこういう所である。数学的に矛盾のない定式化で手続きを踏めば、結果が良好かと言えば、決してそんなことはないのである。要素剛性マトリックスを求めるには要素の面積、体積が精度よく求められることが前提である。この面積、体積は数値積分、特に有限要素法はガウスの数値積分法を利用するのだが、積分の精度を上げるには、数学的には積分点数の多い方がよいのは当たり前のことである。現に、境界要素法(BEM)では要素積分に多くの積分点数を使用している。ところが、有限要素法ではロッキングが発生してしまうのである。

そこで、低減積分法の適用で問題解決かと思ったら、さにあらず。積分点数を減らした反動で今度は、またまた厄介な問題が出てくるのである。拘束節点の少ない解析モデルでは、ひどい場合、マトリックスのランク落ち(ランクという用語の詳細は線形代数の参考書を参照されたし)のため、方程式が特異となって解が求められない。運良く方程式の解式に成功しても、出力された変位図を見てギョッとするモードになっていることがある。魚の鱗模様の変位図が描かれるケースがあるが、要素を部分的に眺めてみると、変位モードが砂時計の格好に似ている。それで、これを“アワーグラスモード”と呼んでいる(図3-2)。

図3‒2 アワーグラスモード

図3‒2 アワーグラスモード

アワーグラスモードは、剛体変形モードと同じく要素の持つ歪エネルギーに何らの寄与もせず、“ZEM(Zero Energy Mode)”とも呼ばれている。

こんな訳で、低減積分法はロッキング解消の完璧な手段ではないのである。有限要素法の歴史の中では、多くの研究者がロッキングとアワーグラスモードの制御に大いに悩まされてきたのである。

最近の有限要素法関係の書物の中にはロバスト性(元来、この用語は制御工学の分野で使用されていた)という言葉が散見されるようになってきた。要はどういう状況にも対応できる強い要素をロバスト性のある要素というのである。有限要素法の世界では、現在でもロバスト性を求めて要素開発が続けられているのである。換言すると、未だパーフェクトな(連続体)要素はないということである。

ここからは、4節点の四角形要素に限って話を続ける(8節点の六面体要素も同様)。この要素を曲げが支配的になる梁問題に適用するとロッキングのため、精度が随分悪いことは先に述べた。この原因を説明するのに、1要素内で仮定する変位関数に曲げ変形モードが入っていないからだという解釈がある。この解釈に立脚して、通常使用される変位関数に2次関数を付加するロッキング回避策がある。この付加モードは、あたかも泡のような形状をするのでバブルモードと呼ばれている(図3-3)。

図3‒3 バブルモード

図3‒3 バブルモード

バブルモードの付加は効果抜群である。先の例である片持ち梁の問題にこの改善された四角形要素を使用すると、結果が全く豹変して性能良好な要素となるのである。

ところで、バブルモードを付加してしまうと、せっかく C0連続を保っていた要素間での変位の適合性が崩れてしまう(それで、バブルモードを以前は非適合モードと呼んでいた)。第1話で出てきた非適合要素がここでも登場するのである。低減積分法と同じく、非合理的な非適合要素が性能面で適合要素を上回るという何とも理解しづらい現象が有限要素法には存在するのである。

実は SAP IV の要素ライブラリーにある2次元要素の平面応力(歪)要素、3次元要素のソリッド要素はこのバブルモードを付加した非適合要素を採用している(いずれも低次要素の場合。また、適合要素も提供している)。

さあ、これでロッキングもアワーグラスモードも関係ない要素ができたかと楽観視していると、とんでもない落とし穴が待っているのである。上の非適合要素が良好に振る舞うのは、要素の形状が矩形になっている場合で、要素が歪んでくると全く信頼性を落としてしまうのである(図3-4参照)。だから、SAP IVを使用する場合は極力、歪んだ要素を使用すべきではなかった。

 

図3‒4 歪んだ要素モデル

図3‒4 歪んだ要素モデル

ソルバー A のたわみ B の曲げ応力
梁理論 10.00 300.0
メッシュ1 某コード 10.00 300.0
SAP 10.00 300.0
メッシュ2 某コード 9.419 296.3
SAP 9.835 437.3

現実に存在する複雑な形状を持つ構造物を考えると、このままでは非適合要素は、教科書的な問題にしか適用できないことになる。しかし、世の中には、粘り強い研究者がいるもので、現在では、実用的なテクニックを使って表面上はこの問題を押さえ込む方法が各市販コードで採用されているようである。

2000年3月 記

  1. 有限要素法の初級者の方に説明しておくと、アイソパラメトリック要素というのは、要素の形状も変位を仮定したときと同じ変位関数を使用して補間する要素のことである。“アイソ”というのはこの“同じ”ということから来ている。 []

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読者からの寄せられたコメント

  1. 今村純也 より:

    第3話もあったとは。簡潔に説明したのが直前メールのコメントです。以上

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