第4話 ドリリング自由度
第3話で平板要素は面外の変形モードと面内の変形モードの重ね合わせで出来ていると述べた。前者はたわみと2つの回転角(曲げモーメントに対応)の3つの自由度を1節点に持っている。後者は、平面問題でおなじみの面内での(要素座標系での)鉛直、水平方向の2つの自由度を1節点に持っている。すると、平板要素の1節点の自由度は総計5自由度となって、物理的に考えられる6自由度から1つ欠けていることになる。そう、それは平板の面内で回転しようとする面内回転自由度が欠けているのである。この自由度のことを錐揉みのイメージから“ドリリング(drilling)自由度”と呼んでいる。
ドリリング自由度の欠落のため、床版の解析などに平板要素をそのままで適用すると困ったことが生じる。一般に汎用解析コードでは、梁要素の存在のため、1節点の自由度を最大6自由度としてプログラミングされている(そり自由度を考慮する7自由度という特殊なケースもある)。このため、全構造系の節点数だけのドリリング自由度に相当する不要方程式が全体剛性方程式内に残ったままになる。このままで連立方程式を解いていくと、特異(singular)となって解式不能となる。
床版の解析のように構造面が全体座標系に平行に設置できる場合、この問題は簡単に処理できる。全ドリリング自由度を不要自由度として取り除くか、支持条件のように拘束処理してしまえばよい。
注意を要するケースは、曲面となっている構造面を平板要素で近似したため、要素どうしが鈍角で接合された場合と、構造面はフラットではあるが、それが全体座標系のどの座標面にも一致せず、任意の傾きで配置されている場合である。
前者は、例えば円筒面を多くの平板要素で近似する場合などである(図4-2)。この場合、現実にはよほど多くのメッシュモデルでもない限り気にすることはない。
要素どうしがある程度の角度で接合されるので、皮肉にもその角度の分、他の回転剛性がドリリング自由度方向に対応する剛性成分として寄与するからである。
問題は後者の場合である。一般に、有限要素法における剛性マトリックスを組み立てる場合、連立方程式の変数に相当する節点自由度は統一化のため全体座標系で定義されたものを使用する。そのため、平板要素の場合、平板面に定義された要素座標系で作成された要素剛性マトリックスを全体剛性マトリックスに加え込む際、要素座標系から全体座標系へと座標変換することになる。それで見かけ上、不要自由度であるドリリング自由度に相当する剛性が出現してしまう。
この見かけ上の剛性を発見することは、実際に連立方程式を解く行動に出ない限り無理な話である。有限要素法の連立方程式の解法で一番よく利用されるガウスの消去法を適用していくと、必ず、ドリリング自由度に相応する剛性マトリックスの対角項がほとんどゼロ値(理論上は完全なゼロ)となって、それ以後の分解不可能、すなわち特異状態となることが分かる。この不都合を回避するにはつぎの2つの解決策がある。
- ドリリング自由度に相当する剛性として仮想の人工的剛性を与える方法。
- ドリリング自由度の回転軸に相当する方向を座標軸の1つとして持つ座標系をその節点に付帯する変位座標系として定義し、ドリリング自由度をその変位座標系での自由度として殺してしまう方法。
1の方法は連立方程式の中に次の単独の方程式を追加するもので、数値解析上の多少の悪影響はあっても、有効自由度の解にはあまり影響しないものである。実は、SAP IV はこの手法を使用している。
SAP IV には Boundary 要素といって人工的に剛性を与える一種のばね要素が用意されていた。この Boundary 要素を使用してドリリング自由度に対応していたのである。
ただし、方程式の追加は、既に組み立てられている全体剛性マトリックスを変更することになる。これは計算上、非常に不利な手順となるので、実際のプログラミングは対象となる自由度に相当する対角項に他の非対角項の値を見下すような大きな値を加算する方法をとる。
1の方法が数値解析上のテクニックであるのに対し、2の方は合理的な手段と言っていいだろう。ドリリング自由度を持つ節点では、残り2つの回転自由度は、そこで定義された変位座標系を参照することになる。すなわち、全体剛性マトリックスが完成された際、全自由度ベクトルの中身は、全体座標系で定義されたものと変位座標系で定義されたものの混成となる。
いずれにしても、一番の問題はドリリング自由度の回転軸方向をソルバーに知らせる手立てである。ソルバー自身でその方向を検出する機能を持っていればいいが、SAP IV にはこの機能がなかった。このため、SAP IV ユーザーはメッシュ生成と同程度と言ってもいいぐらい煩雑な作業を強いられていたのである。もちろん、適当なプリプロセッサがあり、それがこの面倒をみてくれていれば話は別であるが。
最後に。今回のテーマであるドリリング自由度は存在しないものとして話を進めてきた。どうして存在しないとしてきたのだろう。もし、存在していれば上のように余計な処理を施す必要もないわけである。その理由は、その自由度を考慮しても変形した平板が持つ(面内変形に関する)歪みエネルギーに何ら寄与しないからである。昔の有限要素法の文献には節点でのドリリング自由度を考慮した変位関数を提案した文献もあったが、普及しなかった歴史が証明しているように有効な要素とはならなかったのである。
2000年4月 記