第121話 土木FEMの点景 その1 – 間隙水圧
本エッセイ第68話で機械系FEMと建設系FEMの主に利用面での相違点を述べておいた。ここでは、少し後者のFEMコードの中身に立ち入った話題を拾ってみたい。建設系とは言っても、建築分野の応力解析は、たいていがフレーム構造を対象とする構造解析なので筆者は改めて特筆するような話題を持っていない。ここでは土木分野に絞っての話題としたい。
土木分野の応力解析が、他の分野と極めて相違する解析事情といえば、応力場を求める弾性体-ここでの話は一番ポピュラーな線形弾性体に限定する-として扱う材料にあるかと思う。土質力学や地盤工学といった名称の学問が対象とするのが自然に存在する応力媒体であり、この点が、人工構造物を扱う他の分野と一線を画している。もう一つ、これは、建築分野と同じ立場となるが、鉄筋コンクリート(RC)である。
そこで、FEMの中身に少しでも関心がある方には興味深い話題になるかな、と思って地盤、RCを弾性体材料とするFEM風景を3話続けてみたいと思う。トップバッターは間隙水圧の話である。
海洋土木が扱う海洋構造物、陸上でも河川土木が扱うダムや水門といった構造物では当然水圧の影響を考えるのは必須条件である。このとき、FEM解析では、水圧を外力として作用させるのが常識である。これは、造船分野でも同じことであろう。ところが、地盤のような多孔質材料では、弾性体内部に水が浸透してくる、いわゆる地下水の存在を考慮しなければならない。地下水による水圧は単純な外力作用では対処できなくなる。ダムの場合でも、アースダムやロックフィルダムでは、やはり事情は同じである。
水が浸透した地盤では、土粒子と水という二相構造の材料となるので、水理学と弾性学の2部門の知識が必要となる。厳密なことを言えば、浸透流解析と応力解析の連成解析を必要とする。地盤沈下などを対象とする圧密解析がこれである。しかし、主眼が地盤の応力解析にあるのならば、両解析を独立させる近似解析も考えられる。浸透流解析のアウトプットである間隙水圧をインプットデータにして引き続き応力解析を実施する方法である。言うなれば、熱伝導解析を先行させて、求めた温度分布をインプットデータとする
熱応力解析と似た状況である。
ところで、間隙水圧という用語であるが、これはもちろん中学、高校の物理で習ってきた静水圧ではないことに注意願いたい-特殊なケースでは、静水圧となるが。当分野に馴染みが薄い方々のため、念のため言っておけば、土粒子間を流れる水から受ける圧力すなわち動水圧のことを言う。
間隙水圧に由来する力は、物体粒子個々に作用する体積力(物体力)である、とするのがこの世界の常識とされてきた。一般に体積力は重力がそうであるようにポテンシャルエネルギーの位置変数による勾配である。間隙水圧の勾配が土粒子個々に働く力なのである。すなわち、間隙水圧をP、応力媒体に働く体積力をF とすれば次の式となる。
なお、上式では、体積力を強調するため上添え字b を付している。式(1)をFEM風にマトリックス表示すれば、式(2)となる。
一方、FEM での基本式である1 要素に関する等価節点力の式を構成する項の中で体積力に関する項は、周知の通り以下の式である。
ここで、上式中のNはFEMの世界では慣習的に使用されている記号であり、要素形状を節点座標から補間したり、要素内変位を節点変位で補間する関係式を表す、いわゆる形状マトリックスと呼ばれているものである。また、記号tは転置マトリックスを意味する。
式(2)を式(3)に代入すれば体積力が求まることになるが、ここで、式を複雑にする要因があることに注意する必要がある。間隙水圧P が要素内で変化することから、P 自身もN マトリックスを使って補間しなければならない。最終的には、1 要素に関する体積力由来の等価節点力を求めるには次の式を計算することになる。
ここに、Ni 、pi は、マトリックスN の節点i に関する項である。もちろん、Σ記号は要素構成節点数繰り返すことを意味する。
標準的なFEM コードでは、要素がアイソパラメトリック要素であるから、実際の式(4)の計算に当っては、曲線座標系への変数変換処理が必要なため式をさらに複雑にしてしまうが、これらのアルゴリズムは、既に要素剛性マトリックスの作成段階で使用しているはずだから、それを転用すればいい。ただ一つ言っておくと、要素荷重ベクトルを表す式の中では、式(4)は珍しいタイプではある。
以上で間隙水圧由来の荷重ベクトルを求めることを解説したが、これで終わりにするのではなく、式(1)に戻って Fbの中身を吟味すれば、非常に興味深いことに気付くことになるので、さらに筆を進めることにする。
土中水理学が教えるところでは、有名なベルヌイの定理より次の式がある。
すなわち、式(5)の左辺は全エネルギーを、右辺第1 項は圧力エネルギーを、同第2 項は位置エネルギーをそれぞれ表している。ベルヌイの定理をよくご存知の方は、あれ、速度エネルギーが欠けていると思われるかもしれないが、それは、地下水では一般に層流を仮定するので、速度の項は他の2 項に比較して小さいとみなされて無視されているためである。
さて、式(5)と式(1)から次のようになる。
すなわち、この体積力は二つの力から構成されていることを式(6)は表している。右辺第1 項にある −grad(h) とは、水理学でいうところの動水勾配のことであり、これに水の単位体積重量が掛かると、土粒子に作用する浸透力となる。また、右辺第2 項にある勾配は、位置水頭Z の勾配だから= −1 となる(負号は、物理的な力が座標軸正方向と逆向きに作用するためのもの)。さらに、γw がρwg に置き換わることを考えれば、これは −ρwg となり、実にこれは浮力を意味しているのである。すなわち、体積力 Fb は浸透力と浮力という二つの力で構成されているのである。
浸透力は必ず等水頭ポテンシャルラインと直交する方向に作用し、浮力は周知の通り鉛直上向きに作用する力であり、土粒子に作用する体積力はこの2 力の合力である(図1)。
最後に、静水圧という特別なケースを考えてみる。静水圧の場合は、水の流れがないのであるから、動水勾配 −grad(h) はゼロである。当然、浸透力はなくなって体積力は浮力のみとなる。それで、地盤内に静水が存在する場合に、重力下の地盤内応力分布をFEM で求めるときは、水面位置の上下にある要素の重量密度を分けて設定してから自重計算を施せば事足りることになる。
すなわち、水面上にある要素には、土の単位体積重量γを、水面下の要素には、(γ − γw )を設定してから自重計算を施せば、静水圧の場合の間隙水圧計算を代替することになる。
2018年2月記