第120話 図心軸・中立軸の話
材料力学や構造力学の教科書でのメインテーマである梁の力学は、その構造ラインはほとんどが断面の図心軸である。FEMにおいても、一定断面の単一部材を考える場合は、図心軸で考える梁要素は便利で都合がいい。剛性マトリックスは言うに及ばず、支持条件も載荷条件もすべて図心軸に関するものである。
ところが、前回の終わりの方で匂わしたように、フレーム構造内で変断面梁が隣接する場合、なまじっか要素剛性マトリックスが図心軸ベースになっているため、余計な変換処理が必要となる課題がある。それでは、最初からいっそのこと、隣接要素を貫く任意のラインで要素剛性マトリックスを作成しておけば、という考えも出てくるはずだ。図2でのA-AラインやB-Bライン等だ
実際の構造物が、図2にあるように底面で支えられているならば、B-Bラインで剛性マトリックスを作成しておけば、隣接要素間での結合問題は何もなくなる。ところが、この手段では、別の問題点が浮上するのである。
形鋼などを多用するメタル構造の設計者では、建設解析計算に際して、断面定数を材料データベースから引用することが多い。そのデータベースで登録されている断面定数は通常、図心に関するものである。この不都合さも大きな理由だが、さらに深刻な欠陥があるのである。それを納得してもらうため、梁断面の任意点を梁軸に選択した初等梁理論を使って説明してみよう。ここでは、平面梁で考える(図3)。
断面の任意の点を通る平面梁の軸(x軸)を想定して、梁の変形状態を考えると、軸力による軸方向の並進変位 uoと曲げによる断面の回転変位 θ がある。
そうすると梁軸から鉛直方向の距離 y にある任意点の棒軸方向の変位 u は、平面保持の仮定より次の式が成り立つ。
式(1)は初等梁理論の出発式である。ここから、梁の歪 ε 、応力 σ と一連の式が下の通り出て来る。
なお、式(2)に出ている変数 v とは、鉛直方向の変位、すなわちたわみのことである。微小変形理論では、断面の回転角がたわみの1 階微分に等しく、さらなる微分項 V¨ が曲率になることは周知の事実である。応力の式が出てきたところで、梁断面のおける軸力、曲げモーメントの定義式が次のようになることは分かるだろう。
上式中にある A、I は言わずと知れた断面積と断面2次モーメントである。C は ∫ydA で定義される断面1 次モーメントのことである。
もうお分かりだろうが、梁の軸として任意の位置を採用してしまうと、軸力、曲げモーメントを求めるのに、その軸に関しての断面1 次モーメントの量まで必要となってくるのである。これが煩わしいので、元来の曲げ問題をメインテーマにする梁の力学論では、断面1 次モーメントがゼロである図心のある位置(これが図心の定義でもある)を通るラインを梁軸に選択しているのである。
隣接する変断面梁を接合するに当たって、図心軸に関する要素剛性マトリックスを使用して合同変換する手段と、共通の梁軸を採用して変換不要の手段を比較すれば、前者に軍配があがるのは明白であろう。前者はFEM プログラムが対応してくれるのに対して、後者はFEM ユーザーの負担となるからである。
さて、フレーム構造におけるメンバーとしての梁要素では、図心軸が極めて重要なファクターであることが理解できたと思うが、一方で、中立軸という用語も梁のテーマではよく使われている。図心軸と中立軸の大きな違いと言えば、図心軸が、純粋に断面の幾何学的情報だけで決まるものだから解析前に分かる位置であるのに対し、中立軸は、曲げ応力がゼロの位置と定義されるゆえ応力解析をしてみないと分からない位置である。但し、初等材料力学等で対象とするほとんどの梁では、図心軸と中立軸が一致するので、どちらの用語を使用しても問題はない。
式(3)と式(5)から求まる有名な曲げ応力の公式
を見れば分かる通り、 y=0 の位置が図心位置であり(もちろん C=0 の場合)、一方、 σ=0 の位置が中立軸であるから、両者は一致するのである。ところが、これは、等質材料の弾性梁だから言えるのであって、積層梁や鉄筋コンクリート梁のように断面鉛直方向でヤング率が変化する場合、また塑性領域まで考慮する材料非線形梁の場合では、両者は一致しない。といよりも、こういう場合では、中立軸の定義があまり意味をなさいように思う。
2017年12月記