FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第122話 土木FEMの点景 その2– 掘削問題

言うまでもないが、多くの土木構造物は必然的に大型構造物となる。したがって、その構造解析の対象が完成系だけでなく、仮設系構造または施工中の構造を対象とする構造解析が重要となってくる。実際、構造物の崩壊などの工事トラブルの多くは施工途中で発生している。

解析対象の構造領域が増減する構造解析を建設系分野では特に施工解析と呼ぶこともあるが、地盤工学分野での掘削問題を代表例とする解析が、他の分野では見られない土木分野独特の構造(応力)解析ではなかろうか。掘削問題や切土問題は、応力解放の構造解析である。以下の話は、その応力解放問題の一つである地盤の掘削解析についてのものである。

 

FEM の初級者が、いや中級者であっても、いざ掘削解析のFEM プログラムを開発する段になると、はたと困惑するのではないかと想像する。掘削という問題を一体どうやってFEM アプローチで処理するのか迷うかもしれない。元の地盤領域の一部を単に取り除くという単純な問題ではない。もしこれで済むなら、最初から解析対象の領域を、掘削部を除いたものにすればいいということになる。しかし、地盤工事の現場で見られるように、掘削工事が施工されると、その掘削面は、孕んだり、浮き上がったりする現象を呈する。これらの現象は、地盤内になんらかの応力が発生していたことに由来するものである。すなわちFEM アプローチでは、初期応力が存在していた弾性体として扱うのである。

図1 掘削面の孕み現象

図1 掘削面の孕み現象

ここで読者には、今一度FEM の基本に立ち戻ってほしい。FEM の一番の基本式である要素の剛性方程式をじっと見つめてほしい。この基本式の簡略化したものについては、本エッセイ第70話の式(18)に紹介しておいたが、そこでは話を簡単にするため表面荷重が作用するだけのケースに限定していた。ここでは、話の展開上必要である最も一般的な場合の要素平衡方程式を書き下してみる。

式(1)の由来は、FEM の基本式を掲載している参考書にはたいてい出ているはずなので、出所が気なる方は、そちらをご覧いただきたい。また、使用している記号もFEM の世界で慣習的に使用されているものなので、ここであえて説明はしない。

式(1)左辺にあるFqとは、要素節点での全等価節点力を表しており、右辺第1項と第5 項だけを取り上げたのが先に言った式(18)である。残りの第2 項が、要素に発生している初期応力由来の等価節点力を、第3 項は同じく初期歪由来(熱応力解析で使用される)の、第4 項が要素に作用する体積力由来(自重荷重などで使用される)の、それぞれ等価節点力を表している。

等価節点力Fqは、全要素を集計して構造全体の平衡式を考えた際、結局は消えていく変数となるので、誤解を持たないことを前提にこの段階でゼロと置いても実害はない。実は、第70話の式(18)もそうしてあったものである。

掘削解析で最低必要なのは、式(1)での第1 項と第2 項だけである。但し、掘削領域に相当するFEM 要素の表面に表面荷重が作用しているならば、第5 項も関係してくる。今は簡単化のため、表面荷重が無いとして掘削解析を考えると、基本式は、式(1)から次の通りとなる。

式(2)は、要素一つの剛性方程式であるから、これを全要素分集成すれば、地盤構造全体の平衡方程式が出来上がる。もちろん、式(2)でのσ0が地盤内に既に発生している初期応力であることは言うまでもない。ところで、今は、掘削問題を考察しているのであるから、要素の集成(アセンブリ)段階で、掘削部に相当する要素に対して、何らかの処理を施す必要がある。

式(2)右辺は、初期応力由来の要素等価節点力を表している。もちろん、掘削要素も含まれる。しかし、掘削要素は排除される要素だから、その要素の等価節点力は無いものとしなければいけない。そこで、掘削要素での式(2)右辺項を相殺する荷重を掛けるという方法が考えられる。すなわち、掘削解析の荷重としては、掘削要素に発生していた初期応力を元にした等価節点力の符号を逆にした荷重ベクトルを考慮すればいいのである。掘削要素に表面荷重が載荷されている場合も含めて、改めて掘削解析の荷重ベクトルを記せば、下の通りである。符号の違いに注意願いたい。

以上で、掘削解析のアルゴリズムが理解できたと思うが、初期応力は一体どうするのか、という問題が残る。地盤の場合、初期応力といっても剪断応力成分は無く、軸応力成分のみであるが、それを求めるにも二つの方法がある。掘削解析のプリ解析として、重力下の自重解析を実行する方法が一つ。もう一つは、もし地盤表面が水平ならば、水平応力は、地盤工学で使われいる側圧係数を利用した簡易法である。

 

最後に、上の初期応力を求めるプリ解析を自重解析で計算する方法に関して追加話をして本テーマを終了としたい。

側圧係数を使う簡易計算で初期応力を求める場合では、地盤内の応力分布は求められるが、変位の方は求められない。また掘削解析ではそれを必要としない。初期応力を自重計算で求める場合は、通常の応力解析を実施しているわけだから、もちろん変位がアウトプットの一つとして出てくる。この変位は、掘削解析では通常無視することになる。

初期応力を考慮するが、初期変位は考慮しない点が、地盤解析のユニークな点であろう-もちろん、施工解析の第1 ステップ解析に限っての話である。この考えの背景には、今ある地盤は、太古の昔から延々と形成されたものであり、内部応力を発生しながらも現時点で平衡状態を保っているもの、との考えがある。もちろん、地盤の形成過程を追求する解析というのであれば、形成過程での変位も必要となってくるが、エンジニアリング分野での掘削解析では、過去の変位過程には興味がなく、今ある状態を初期状態として考えることで充分なのである。この点に関して、我々は格好の類似問題を見つけることができる。

 

振動論の教科書で真っ先に出てくる単振動(自由振動)の問題を思い出してほしい。単振動の説明でよく使われるバネの先に質点がある振動モデルである。バネが鉛直に吊るされた上下振動の場合では、バネが水平に置かれた水平振動の場合とはちょっと事情が違ってくる。

鉛直振動の場合、ニュートンの運動方程式により、質点に作用する正味の力、すなわち重力とバネの復元力の和が質点に加速度を生み出すことになる。このとき、加速度を表す変位の2 階微分項での変位は、質点がバネで吊るされて静止していた位置からの変位である(付録参照)。バネが伸びる前の位置ではないことが肝要である。静力学で求まる位置からの変位を基本変数するバネ振動が、過去の履歴から形成されている現在の地盤位置からスタートする掘削解析に何だか似ていると読者は思わないだろうか。

さらに、振動時のバネ復元力は、振動を開始する前の静止状態でのつり合いを考慮しないと求まらないところも(付録参照)、地盤の初期応力を求めておかないと掘削解析ができない点に相応するように感ずるのだが、どうであろうか。

2018年3月記

 

付録. 1質点系の鉛直単振動の振動方程式

Advertisement

コメントを残す

ページ上部へ