FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第88話 偶力の話題から

図1 偶力とそのモーメント

図1 偶力とそのモーメント

構造力学のたいていの教科書には、その最初の方のページで“偶力(図1)”のことが説明されていると思う。そして、それ以降のページでは、たいてい偶力の用語が一つも出てこない教科書も多いのではないだろうか。それなら、いっそのこと、偶力など登場させなければいいのに、とつい思ってしまうのであるが、実は言葉を変えて登場しているのである。

梁の断面力を求める例題などで、ときおり“集中モーメント”という言葉が出てくるが、この集中モーメントとは、=偶力(厳密にはそのモーメント)のことである。

注)以下では、偶力の用語をモーメントの意味で使用している箇所もあるので、それぞれ前後の文脈で判断願う。

ここで、読者の皆さんには、構造力学の講義を受け始めたころの学生時代に戻ってもらう。図2は、1点に偶力が作用した単純梁の任意点(左端よりxの位置)の断面力を求める問題である。

図2 偶力載荷の単純梁

図2 偶力載荷の単純梁

標準的な解法としては、まず両端部の反力を求めることだったはず。それでとりあえず、それらをRA、RBとして、構造の平衡条件を考える。それには、鉛直方向の釣り合い式(下式(1) )と、どこか1点たとえば梁左端-偶力作用点を1点に限定するのであれば、その作用点で考えればより簡単なのだが、複数の作用点のことも考えると支持点で考えるのが理想的-でのモーメントの釣り合い式(下式(2) )を立てることにする。

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上二式から、明らかに反力が求まり、したがって任意点距離xでの曲げモーメントも簡単に求まることになるが、当時の読者諸氏は、これに何の疑問点も持たなく容易にこの解法を受け入れたことだろう。もちろん筆者もそうだった。

当時の構造力学の講師が、言及していたかどうかは思い出せないだろうが、実は上の解法が成り立つには、3点ほどの前提条件があるのだ。通常の教育では、それらの条件は、当たり前の直感的知識として深く追求しないだけなのである。その3点とは次のとおりである。

  1. 外力が掛かれば構造物はなんらかの変形をするのに、その変形を一切考慮せず、外力が作用する前の状態の構造体の平衡状態を考えている。すなわち弾性体の変形解析を実施するのに、剛体としての平衡方程式を立てている。これが、伝統的な微小変形理論といわれる弾性体の解析理論なのだ。変位、回転が微小なら歪も微小という前提が付帯する理論である。まあ、このことは、今回のテーマとは関係ないので、アプリオリな知識として認めてしまい、以後は剛体の力学話として話を進める。
  2. 式(2)では、梁左端部に関するモーメント式を考慮しているのだが、このとき、何の疑問もなく梁中間部に作用している偶力を、あたかも左端部に作用する偶力のように扱っている。
  3. やはり、モーメントの釣り合い式のことだが、剛体の平衡状態を考察するのに、ただ1点に関するモーメント(回転)の釣り合いを考えるだけで十分なのかという点である。

結論から言ってしまえば、当然のごとく2も3もOKなのだが、それはわれわれの経験則から納得していることではないだろうか。数学的に厳密な考察で2、3の正当性が言えるのだろうか-厳密といっても、力学の問題には、二つの経験則(これについては後述する)が頑として存在せざるを得ないので、完全な数学問題ではあり得ないが。

3に関しての証明を理解させてくれる一つが、下記の著書である。数学書といえば、技術者は腰を引くかもしれないが、物理系の学生用に書かれた書籍なので、わりと読みやすい数学書である。

ベクトル解析-力学の理解のために[数学選書(2)]
岩堀長慶著 裳華房

さて、上の2の問題のことである。これは、要は偶力を自由に平行移動していいかどうかの問題である。学生時代、筆者は、式(2)を使う時、何か気持ち悪さを感じていた。都合よく偶力を勝手に動かしていることに、少し不安を持っていたからである。

もっともこの不安は、実用的には集中モーメントMを微小距離δL隔てた偶力で置き換えてしまえば-すなわち逆向きで大きさが同じの隣接する集中荷重の問題に置き換えれば解消する問題なのだが。

 

ところで、偶力の平行移動問題は、簡単な思考実験で理解できるので、ここで紹介しておこう。今、図3のように剛体の位置A、Bが着力点である偶力(力はPで間隔はL)が作用しているとする。そして、この力学系の右方の位置C、D(CD=AB=L)に±Pの力を作用させることを想定する。そうしても、元の力学系には何らの影響は与えないことは明白である。

但し、図3では、後の説明の便宜上、それぞれの力のベクトルに数字を振っているが、これらのベクトルは、大きさは全てPで、向きは図のとおりであることはもちろんである。

図3 偶力の平行移動

図3 偶力の平行移動

そうすると、ベクトルP2とベクトル4の合力が上向きにBC間の中央部に作用することになり、また同じ位置にベクトルP1とベクトルP5の合力が下向きに作用することになる。この二つの合力は向きが逆で大きさが等しいので、相殺することになる。結局、ベクトルP3とベクトルP6だけが残るわけだ。これすなわち、最初の偶力が位置ABからCDに移動したことを物語っており、移動前後で、なんら力学系が変化するものではないので、偶力の移動可能性が証明されたわけである。

 

話をここで終えてもいいのだが、ついでだから、もう少し基本的なことに首を突っ込んでみよう。上の偶力の移動問題で、何気なく二つの平行ベクトルの合力が、この場合ベクトルの大きさが等しいので、2ベクトル間の中央に作用する、という知識を使ってしまった。読者諸氏もそれで納得されたと思う。しかし、これって、経験則で理解しただけだ。力ベクトルの合成という概念の初歩は、今では中学生から教わっているのだろうか? もし、お子さんにこのことを質問されたら、お父さんは説明に困ってしまう。

実は、剛体に作用する力のベクトルは、ベクトルの始点を自由に動かせる自由ベクトルではなく、始点すなわち着力点が動かせない束縛ベクトルの一種であることを知る必要がある。束縛ベクトルと言っても、剛体に作用する力ベクトルの場合、二つの経験則が知られている。そして、この経験則を数学の公理のようにして、力ベクトルの理論展開することができるのである。

たとえば、どんなに(有限の)多くの力が剛体に作用していても、最終的には3つの力にまとめられるというのがある。先の平行ベクトルの合成というのもこの経験則を使用して初めて説明できることになる。換言すれば、力の概念は、純粋に数学だけで理論展開することは絶対に不可能なことなのである。

さて、それでは、その経験則とは何かといえば、次の二つです。

  • [着力点の変更]
    力の着力点は、力の方向すなわち力の作用方向線上でなら、平行移動することができる。
  • [力の合成・分解]
    同じ着力点同士の力は、平行四辺形の法則で合成・分解ができる。

それでは、向きが同じ平行ベクトルの合成(ここでは先の疑問に答えるための説明に大きさも同じとしているが、別に大きさに相違があっても同様)をこの二つの経験則を使って解説してみたいと思うが、それには図4を眺めてもらえば、説明も要らないぐらいに明瞭にその様子が見て取れると思う。図4は、着力点がA、Bであるお互い平行なベクトルV1V2の合成を、元の力学系と全く等価の状態を保つように、相反する二つの水平ベクトルを作用させて求めている。A、Bで求まる各合力の着力点を上の経験則Ⅰを使って移動すれば、それは位置Oで交わることは容易に理解できる。それは、当然ABの中間点に移動できるものだ。

図4 平行力の合成

図4 平行力の合成

最後に、1冊の本を紹介しておきたい。

力学的な微分幾何 大森英樹著 日本評論社

この本は、ベクトル数学を現代数学の視点で眺めるのを目的としつつも、物理の世界から具体的材料を拾って章を進めていくという編成になっている。この中の1章で、一見、本のタイトルからは想像もできない“剛体静力学とベクトル”というのがある。

“加法とスカラー倍が定義されるのがベクトル空間”というような無味乾燥な数学的なベクトル論を剛体に作用する力ベクトルを材料として理論展開している解説書である。本話のテーマであった偶力に関する興味深い話題ももちろん出ている。著者も言っているように、ベクトルを勉強する際のサブテキストとして利用されるのがいいかもしれない。

余談だが、著者は、数学と物理の接点に関心を持たれている数学者のようで、何年か前も、“数学の中の物理”という本も出されている。物理の中の数学という視点では、過去多くの本が出版されているが、その逆とは、まことにユークな視点である。ただし、この本、工学者にとっては難解な本である。

2013年10月記

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