第72話 それは、ちょっと?
有限要素法(FEM)の普及が成熟段階になってくると、設計ツールというよりもプレゼンツールになってきた感を呈してきている。そこには、もはや物理的関心はあまり念頭になく、出てきた結果をいかにカッコよく表現するかに関心が集中してしまう傾向にあるといえる。
FEM解析システムで、プレゼンツールの役目を果たすのはソルバーに付随するポストプロセッサと言えるだろう。そして、そのポストプロセッサの中でも、主役ともいえる表示機能がコンター(等高線)図ではないだろうか。それも名称通り線をつないで描く古典的な等高線図ではなく、線間を色塗りするカラーマップ図が主流になっている。
力学以外の分野での数値解析も経験してきた筆者の意見を言わしてもらえば、物理的な明確さを示すには、カラーマップ図よりも元祖等高線図の方がいいように感ずる。しかし、プレゼン要求の前には見栄えのいいカラーマップ図に負けてしまうのである。中には、コンピューター・グラフィックスの影響を受けてか、ご丁寧にシェーディング処理を要求する人たちもいるようだ。こうなると、例えて言えば、機能よりもデザインが優先するという自動車設計、あるいは構造よりも意匠が優位にあるという建築設計に似た様相である。
しかし、「便利なツールは問題点を隠してしまうこともある」という点をFEMのプレゼンユーザーは今一度思い起こす必要がある。その一例がコンター図の乱用である。なんでもかんでもコンター図にしてしまえ、という最近の風潮が見受けられる。そこには、物理の概念が忘れられているか無視されているような背景があるため、随分と危なっかしいと筆者は感じるのである。
そもそも、コンター図というのは、「本来連続的に変化する物理量を対象とするもの」ということを忘れているのでは、という人を散見する。問題は、不連続に分布している物理量に対してコンター図を描くことにある。不連続量に対してコンター図を描こうとすると、どうしても格子点(FEMの場合、節点位置)での平均化処理が入りことになる。実はこの平均化に問題があるだ。このことは、右図にあるような高地と低地が断崖絶壁で隔てられている地点の標高を考えてみれば容易に理解できるはず。絶壁地点の標高を両側の標高で平均化した数値で表現してしまうと意味のない数値になってしまう。ところが、FEMの結果処理で、こういうことを平気でやってしまっているのだ。以下、いくつかの具体例でこのことを紹介してみたい。念のため、再記しておくが、ここで言う問題とは、コンター図そのものにあるのではなく、その前処理に必要な節点での平均化処理にあるということをお間違いなく。
まずは、なんらかの理由で応力が隣接要素間で不連続になっている場合を考える。こう言えば、現在主流のFEMソルバーが採用する変位法では、元々要素間で応力値が連続になっていないのでは、という意見が出てくるかも知れない。しかし、この不連続性は理論的なものではなく、連続体応力場の支配方程式を厳密に解くことができないので、要素間で応力が連続するという条件を犠牲にした近似解法を採用した結果の不連続性なのである。この点の詳細は、本エッセイ前々回の第70話で既に紹介済み。ここでいう不連続性は、理論的に不連続になっている場合のことである。
その代表として、弾塑性解析の結果を考える。この場合、降伏応力という応力値の上限が存在するため、まともに応力コンター図を描いてしまうと、平均化処理が原因でおかしな描画になってしまうことになる。いま下図にある2(平面)要素で、このことを示すことができる。理解を容易にするため、図では、2積分点位置を含む平面上に、その応力値を縦距離で表示している。
要素Rでは、積分点位置全てにおいて塑性化しているため、要素全体が塑性領域とみなせるので、当然節点位置での応力は降伏応力の値となる。一方、要素Lでは、弾性領域と塑性領域が混在しているため、外挿計算で求めた節点位置での応力値が降伏応力を超えてしまうという不都合な現象が起こることになる。さらに要素Rとの平均化処理が施されると、当節点での応力値が降伏応力値を超えた数値を持ったコンター図が描かれることになるわけだ。弾塑性解析の場合でコンター図を描くならば、連続量となる歪量を対象とするのが無難である。
第二例は何らかの指標値のコンター図の場合である。複合材での破壊指標、地盤での滑り安全率、コンクリートのひび割れ指標といったものを対象としようする場合である。これらのコンター図表現を希望するFEMユーザーも時折見受けられるが、あえてこれらのコンター図を眺めるには、「統計は人を騙す」といったようなセンスをもって眺める必要があるように思う。
もし温度解析のように、節点位置でユニークな物理量(もちろん、この場合は温度)に関する指標をコンター図表現するのであれば、別段問題はないであろうが、なにしろ、上に挙げた指標たちは、極めて局所的な数値であり、その計算の拠り所とする応力がそもそも要素内で求まっているものである。各要素の計算位置(通常は積分点位置)でこそ意味のある数値を、あえて節点位置まで外挿計算し、かつ隣接要素間で平均処理することに何の意味があるのか不審に思うのは筆者だけであろうか。隣接要素間で連続分布していると想定できる応力とは、一線を画す必要があると思うのだが。
最後は、板要素(シェル要素も同様)での断面力のコンター図の場合である。この場合は、不連続量というよりも異種量どうしの平均化の問題である。断面力とは言っても、別名一般化応力と呼ばれるように、これは応力の概念であり、物理的にはテンソル量です。したがって、ベクトル量のように大きさ、作用方向だけで決まるものでなく、その作用面の向きの考慮も必要とするものである。このことを忘れて、断面力のコンター図を描こうとする人が時折いる。この辺のことは、ずっと以前、本エッセイ第8話”で既に記載してあるが、大事な話なので、重複記載をお許しいただき、あえて書いてみる。
板要素が採用されるようなサーフェイスモデルは、単純な平板モデルなどを除いて、その表面の向きが一般には3次元空間内で色々な方向に向いているはず。したがって、断面力を定義する統一した一つの参照座標系が設定不可能となる。そのため、平板モデルに限定した専用FEMソルバーなどを別にして、汎用型のFEMソルバーでは、各板要素に付随する参照座標系を設定していることになる。
下図を見ていただきたい。これは、隣接する三角板要素でそれぞれ定義した要素座標系を表示している。この座標系の設定方法は、ソルバーで自由だが、ここでは要素コネクティビティのうち、第一頂点から第二頂点へ向く方向にx座標軸を取っている。板の断面力はこれらの座標系を参照して定義されているものである。
ここで、ソルバーで出力された断面力Mxx(x軸方向直角断面に作用する曲げモーメントを表す板力学の慣習的記法。梁の断面力で意味するx軸回りの曲げモーメント記法とは異なるのとに要注意)のコンター図を描くため、節点Nで値を平均化することを想定しよう。するとどうなるか、要素Aでのx軸方向定義の曲げモーメントと要素Bのx’ 軸方向定義のそれとが平均化対象になってしまって、意味のない結果ができてしまうわけである。この状況は、応力レベルの話で換言すれば、隣接要素からそれぞれ持ってきたσxとσy(ここでのx,y軸は全体座標系)を平均計算の対象にしているようなことになる。
どうしても、断面力のコンター図表示をしたい場合はどうするかといえば、描画対象範囲で一つの統一した参照座標系が定義できるならば対策はある。その参照座標系に断面力を座標変換してから表示すればいいのである。
ここで、読者から反論が出るかも知れない。応力のコンター図が自由に描けるように、応力値をソルバーが全体座標系で出力しているなら、断面力も初めからそうすればと思われるかもしれない。しかし、それはできない。板の断面力というのは、板厚方向と単位距離の横方向で決まる断面で積分して初めて意味のある物理量なので、勝手気ままな変換処理はできないのである。
上で言った間違いを犯す人は、ほとんどが構造力学の参考書で“板の力学”の章を1ページも開かずに、FEMの板要素を使おうとするユーザーに多いようである。心当たりのある方は気をつけていただきたい。
2010年11月記