第65話 関節部の悩み
機械工学科で材料力学を、土木/建築工学科で構造力学を学ぶ者は、教科書内にある線材の力学、線図での説明を何の疑いもなく(?)受け入れていないだろうか。もちろん現実の世界で、線だけで表現できる構造物なんてあり得ない。実際の構造物を線材、すなわち骨組構造という数理モデルで置き換えても大丈夫なのだろうかという疑問を、学生時代に持った読者もおられることだろう。
骨組構造でモデル化する代表例といえば、ラーメン構造物であるが、この構造の伝統的解析法は、有限要素法(FEM)の利用有無にかかわらず骨組構造解析である。ラーメン構造を骨組構造解析で実施した場合の問題点が一つある。骨組構造の関節部ともいえる梁材、柱材の接合部(格点)にゴマカシがあるのである。
改めて言うまでもないが、骨組構造解析での中心テーマは曲げモーメントである。実はこの曲げモーメント、関節部では定義できないはずなのである。格点での曲げモーメントがいくらの値、ともっともらしく言っているのは、あくまでも線材で表現する数理モデルだから言えることなのである。
このことを柱頭部に水平荷重を受ける門型ラーメンモデル(図65-1)で解説してみよう。部材断面は柱材、梁材とも正方形(1×1)断面とする。
上の右図は平面応力要素でモデル化したものである。メッシュがやや疎密度であるが、視覚的訴点を優先するためにあえてそうしたものである。このときの結果が図65-2である。図は梁材の左半分領域を対象に軸応力(水平応力)の分布を描いたものである。これを見ると、確かに関節部から離れている領域では
梁の応力状態を示しているが、関節部では(黒点の位置が骨組構造解析での関節点)お世辞にもそんなことは言えないことが見て取れる。念のため、関節部の応力状態を詳細に表示したのが図65-3である。これを見ても分かる通り、関節部での曲げモーメントなんてとても定義できるものでないことが理解できる。骨組構造解析で、格点モーメントと言っているのは、机上に描いたスケルトン図の数理モデルゆえの力学量なのである。
ここで、もう一度、図65-2を見ていただきたい。曲げモーメント定義ラインという線があるが、この断面はスパン中央(本解析モデルでは曲げモーメントはゼロ)から距離が3.25の位置にある。この位置では、応力分布から充分曲げモーメントが定義できる。厳密なことを言えば、中立軸の位置が部材中心位置より若干ずれるが、そのずれは小さいので無視して、骨組構造解析でのスケルトンラインに一致する部材中心ラインで曲げモーメントを定義する。そして、その値は1.48である。この値を拠り所として、あえて関節部すなわち図の黒点位置での曲げモーメントを外挿計算してみよう。FEMを使用した骨構造解析での計算結果と併せて記すと下の通りである。
まんざら悪い結果ではない、と早計してはいけない。この計算の仮定を忘れてはいけない。外挿計算は、関節部における梁材、柱材の面結合を無視した考えで、梁材が左端まで梁断面であるとした前提での計算なのである。ここでは、梁材を中心に考えているが、もちろん柱材を中心にした考えでも同様である。
上の結果を逆に言えば、複雑な応力場となる関節部の応力状態を無視して、強引に格点モーメントを定義さえすれば、設計に便利な仮想の骨組構造も有意義ということになる。
ただし、それでもなお骨組構造には矛盾点が残る。今度は図65-4を見ていただきたい。骨組構造では梁材、柱材を格点(図では点Mの位置)で結合することになる。これでは、図で塗る潰した領域が二重に使用されるという矛盾点が発生する。通常、この問題も無視されて解析されることも多いが、問題視する場合のため、市販FEMソルバーでは、梁要素のオプション機能として“材端オフセット機能”というのが用意されている。
オフセット機能というのは、図65-4で言えば、柱材の上端を点Mとせず、二重断面の解消点である点Sとし、その動きを点Mに従属させる機能である。この機能の背景には、断面は変形過程で平面保持の仮定がなされている梁の力学がある。すなわち、点Sの動きは点Mに対して剛体的挙動が課せられるのである。ちなみに、先の計算を、オフセット機能を使用して実施してみると、次の通りとなった。
上では、柱材だけにオフセット機能を適用したが、梁材にも柱材での点S同様の材端を設け(点Mも残る)、オフセット機能を同時に適用するという考えもある。この場合の考えは、関節部という複雑な構造部の応力場を求めることは諦めて、むしろこの領域は他の領域に比べて剛な構造だから、関節部を剛体と見なすという発想である。これも一つの考えである。
一方、剛体発想とは逆に、関節部の応力分布を詳細に調査したい場合ももちろんある。この場合は、FEM解析の出動を願うことになるが、図65-1のような簡単な構造ならいざ知らず、3次元問題のように構造規模が大きくなってくると、構造全体にメッシュを張る手段ではメッシュ数が膨大になり過ぎるという問題点にぶつかってしまうことになる。こういうとき、梁要素とソリッド要素のような連続体要素とを併用する複合要素モデルの手がある。
図65-5は2次元問題での例だが、関節部に連続体要素(2D問題では平面応力要素)を使用して、梁要素でモデル化した梁材、柱材とつなぐFEM解析モデリングである。梁要素と連続体要素をつなぐ方法で登場するのが、主節点、従属節点の概念である。図65-5では、梁要素の端節点(●印)が主節点となり、両要素の結合面上、連続体要素の節点(○印)が従属節点である。
従属節点の動きは、主節点の動きに制約される。この場合、主節点が梁要素の節点であるゆえ、平面保持の仮定から、全従属節点は主節点を回転の中心とした剛体的動きを呈することになる。X-Y平面を例にして、主節点、従属節点の関係を具体的に記すと下の通りである。ここに、水平変位をU、鉛直変位をV、回転量をθとしている。また、記号M,Sはそれぞれ主節点と任意の従属節点を表している。dは両節点間の距離である。
この結合方法をここでは、“タイイング”と称する。先に出てきた梁要素の材端条件の一つ、オフセット機能は従属節点が一つというタイイング機能の特別な場合である。
タイイング機能は連続体要素側の立場で見れば、これは“ズーミング解析”の一種とも考えられる。実際に使用するに際しては、一つ注意がいる。主節点、従属節点の結合部は応力場が乱れるので(もちろん、この付近の応力値は捨てるべき)、関心ある応力場領域からは充分離すことである。
最後に。今まで、骨組構造における梁要素を中心に話してきたが、本来ソリッドモデル化すべき構造を、FEMモデリングでのコスト問題や、アウトプットでの評価方法の問題で、板要素やシェル要素を使ったサーフェイスモデルで代替することがあるが、このときの構造モデルでも同じことが言える。やはり、関節部に同じ問題点が存在する。こちらは、単節点で他要素と接合される梁要素と違って、対処が一段と煩わしくなる。1
2009年梅雨の候記
- 板要素にもオフセット機能が用意されていることもあるが、こちらのオフセットは、板厚が変化する構造を一定板厚要素でモデル化した際の、板厚中心線のずれを補正するための機能である。 [↩]