FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第63話 ソリッド文化とスケルトン文化

今回は仮想人物のAさんに登場願うことから始める。Aさんは総合機械系メーカーでCAE業務に携わっている。担当するのが自動車部品の開発部門なので、有限要素法(FEM)で使用するのは、もっぱらソリッド要素ばかりである。

Aさんの出身を言っておけば、工学部機械科の出であるが、4年時の研究室は特に力学部門ではなかった。したがって、材料力学の知識については、講義の中での標準的な教育を受けてはいるが、FEMについては、社会に出て初めて経験する。

ところが、ある時期の人事異動で、Aさんは装置部門のCAE担当に鞍替えすることになった。新しい職場に就いて、Aさんが受ける小さなカルチャーショックのことが想像できる。同じFEMを使用するにしても、今までのソリッド要素ではなく、トラス、ビーム要素といった、いわゆる、骨組(スケルトン)要素を多用することになるからである。それにより、今までの解析では、出くわさなかった問題を体験することになり、戸惑ってしまうかもしれない。Aさんが受ける、この戸惑いの内容が今回のテーマである。

 

われわれが、FEMを使用して構造解析をしているのは、(広い意味で)弾性解析である。したがって、対象構造物が弾性変形なしに剛体的移動をして、変形後の位置が一意的に決まらないようでは困るのである。剛体的移動には2種類ある。一つは、構造全体が剛体的移動するような場合で、これを“全体的不安定”と称する。もう一つは、全体的には安定しているように見えるものの、要素の一部が剛体的移動する場合である。これは“局所的不安定”である。両者とも、FEMソルバーの起動時に指定するインプットデータにそれが内在していると、解析不能となる。平衡方程式の解式が不能になるからであるー不定型連立方程式の解法を持つソルバーではこの限りにあらず。但し、その場合、解は特定できない剛体変形モードを含むため不安定なものとなる。

前者については、FEMの初心者のほとんどが体験していることであろう。剛体的移動を止めるための拘束条件の指定を忘れるからである。構造系によっては、ベテランユーザーでもつい指定ミスをやってしまうものである。しかし、学校であれ会社であれ、FEMのトレーニングで、まず教育される基本中の基本事項のことだから、一度、理解すれば、全体的不安定の発生は“うっかりミス”の範疇であるといえるだろう。こと全体的不安定に関しては、ソリッドモデルとスケルトンモデルでの差はないといえる。問題は、後者の局所的不安定の発生である。Aさんが受ける戸惑いとは、このことをいっている。

スケルトンモデルの長所も短所も、それがライン表現されることに由来する。ここでは、短所のことである。図63-1を見ていただきたい。本モデルは、話を分かりやすくするため、圧縮荷重を受ける2要素のビームモデルを採用している。

図63-1 集中荷重を受ける2ビーム要素モデル

図63-1 集中荷重を受ける2ビーム要素モデル

図63-2 左図モデルをソリッドモデル化

図63-2 左図モデルをソリッドモデル化

よく、スケルトンモデルのユーザーは、要素の一部を剛体の動きに近いからといって、その要素の剛性を隣接要素のそれよりも大きく設定することがある。特に昔のソルバーでは多自由度拘束機能が用意されていないこともあって(社内開発された多くのソルバーではそうだった)、この手を使うことが多かった。図63-1では、要素E1がその対象である。ところで、このモデルはいつも解析可能であろうか。答えはNOである。

図63-1のモデルでは、(E1の剛性) »(E2の剛性)にする目的で、E1の材料定数や断面定数を大きくする手段が取られる。このとき、先に言ったライン表現される短所がわざわいの原因となることがある。要素E1の剛性を適度に大きくしたのでは、剛体にならないと思って極端に大きくしてしまうことである。実用レベルの範囲で大きくしている間は問題が表面化しないが、度を過ぎる値を指定してしまうと計算不能に陥ってしまう。

この計算不能の状況を説明すれば、柔な要素E2は剛な要素E1の動きの前には抵抗空しく、全くの蟷螂の斧となってしまうのである。要素E1自身は何ら変形しないため、節点1と節点2の変位量が同じとなる、すなわち、要素E1は横方向にその要素形状のまま移動してしまう1 。これが、局所的不安定の一例である。

上のことは、スケルトン要素がライン表現されため、隣接要素間の剛性の違いがつい隠されてしまうゆえのミスとも言えるものだが、これをソリッド要素で置き換えて考えると、視覚的チェック機能が自然に働き、ほとんど起こらないと考えられる。図63-2は要素E1の剛性増大化を梁高で実現させた手段のイメージだが、表現上の制約を受けて、構造の極端さが緩い表示だが、それでもユーザーはこの構造の異常性に自ずと気づくはずである。

ところで、図63-1の条件とは逆に、(E2の剛性) »(E1の剛性)とすれば、一体どうなるか、読者はお分かりかな。この場合は、柔となった要素E1だけが動こうとするが、要素E2が剛なため、節点2での動きが止められ、要素E1で変形するのは節点1だけである。すなわち、要素E1は剛体変形しない。もちろん、要素E2はじっとしたままである。言い換えれば、この問題は、節点2で拘束された、要素E1だけの構造解析となるのである。

 

しつこいようだが、図63-1の問題を続ける。この問題を数学的に説明してみたいと思う。これを知れば、不安定問題がよく理解できると思うからである。それには、二つのビーム要素を図62-3のようにばね要素に置き換えることから始める。

実際、図63-1の問題では、ビーム要素を使用していても、力学的働きとしては、トラス要素と同じであるから、ばね要素モデルに置き換えても何ら差は生じない。だったら、初めからトラス要素を使用しておけば、と言われる読者もおられるかもしれないが、これには理由があり、その理由に関係する別の問題があり、ここではひとまず置く。

図63-3 ばねモデル

図63-3 ばねモデル

図63-3の解析モデルは、FEMの入門書にはたいてい記述されている内容であるから、ここでは詳細を省くが、ばね力=ばね定数×変位の基本式から、節点1、2での釣り合い式は次の通りとなる。

63-a

63-b

この二式をマトリックス表示すると、下式となる。

63-c

1の脚注で記したように、構造不安定の本質に上式右辺の荷重ベクトルは関係ない。左辺の剛性マトリックスの内容こそ重要なのである。

さて、今回の課題である、k1 » k2のとき、剛性マトリックスはどうなるであろうか。既にお分かりと思うが、k1の値の前にk2の値は無視されてしまい、結局、剛性マトリックス内の1行目と2行目が同じとなる(負号を乗ずれば)。

この現象を、行列代数で“ランク落ち”という。“ランク”というのは、マトリックスを構成する行ベクトル(あるいは列ベクトル)のうち、お互い1次独立であるベクトル数が何本かを示す指標である。もちろん、構造解析で現れる剛性マトリックスでは、それがN元なら、ランク数はNである。

ランク落ちになった連立方程式は解けないが、-このとき、剛性マトリックスがSingular(特異)という表現を使用する- k1の値の有効数字の下の桁に、多少なりともk2の値が食い込んでいれば、連立方程式は解ける場合もある(特異の判定基準値によるが)。この状況をNear-Singularという。

図63-4 2元連立方程式の安定状態とSingular状態

図63-4 2元連立方程式の安定状態とSingular状態

ここで、上の連立方程式を幾何学的視点に変えて考えてみる。すなわち、横軸u1、縦軸u2にとった座標面上の2本の直線の交点問題とみるのである。図63-4左の状態は、二つのばね定数がバランスのとれた通常の安定問題である。

ランク落ちなってしまった状況を示すのが同図右である。Near-Singularな状態が図63-5である。

図63-5 Near-Singularの状態

図63-5 Near-Singularの状態

ここでは、ごく簡単なモデルで解説したが、局所的不安定が原因で連立方程式が解けないとき、あるいは解きにくい状況にあるときは、図63-4や図63-5をイメージすれば理解の一助となるであろう。

 

図63-6 2要素トラスモデル

図63-6 2要素トラスモデル

さて、以上の話は、FEMのすべての要素タイプについて共通する話題であるが(ソリッド要素での発生は考えにくいが)、局所的不安定問題には、もう一つ、トラス要素使用時の独特の問題がある2 。それは、トラス要素が棒軸方向のみの剛性しか持たないことに由来する。まず、図63-6を見ていただきたい。このモデルは2要素のトラス構造である。

しかし、この構造では、トラス要素に横剛性がないため、平衡位置が求められない、すなわち、連立方程式が解けないのは明らかである。そもそも、この構造では、全体剛性マトリックスを組立てた段階で、載荷節点での鉛直方向自由度に対応する対角項が0となっているのである。これに関しては、本エッセイ第36話の5-1を参照願いたい。

ちょっと脇道にそれる話になるが、図63-6の問題は大変形解析(幾何学的非線形)では解が求まる。それは、非線形では、変形後での釣り合い式を立てるため、形状が三角形状になるからである。変形前の構造形状で釣り合い式を立てる線形解析では、鉛直方向力の平衡式が成り立たない。

 

図63-7 5要素トラスモデル

図63-7 5要素トラスモデル

閑話休題。今度は、図63-7を見てほしい。図63-6の構造モデルと違って、非拘束節点に関して鉛直方向剛性が入るので、全体剛性マトリックスの対角項に零値は存在しない。しからば、この構造問題の解が求まるかと言えば、答えは否である。鉛直要素に注目してもらいたい。上下端の節点での力の平衡式が成り立つだろうか。水平トラス要素にせん断力がないため、下端では鉛直トラス要素に発生する内力と釣り合う力が存在しない。これでは、鉛直トラス要素の剛体的変形を許すことになり、これも一つの局所的不安定である。

鉄塔や鉄橋のような、実際の複雑なスケルトン構造物では、うっかりすると、構造の一部に図63-7のようなことをやらかしてしまうこともある。全体剛性マトリックス対角項の零値問題では、その関係する節点を見つけることはたやすいが、図63-7問題では、全体剛性マトリックスの分解過程でないとその問題が判明しないため(本エッセイ第36話の5-2参照)、しかも、必ずしも当該節点位置の行、列で特異性が出現するわけでないので、問題要素の検出が困難なときがある。

 

ソリッド構造では、それこそ、有限要素法の字義通り、構造物を要素分割していくわけだから、余程の極端モデルでもない限り、局所的不安定問題は発現しないだろう。一方、スケルトン構造では、分割とは反対に、一つの要素を一構造部材として組み立てていくアプローチなので、常に局所的不安定問題の不安が残るものである。

Aさんの戸惑いに戻る。学生時代に材料力学を修得してきたAさんだから、ここで述べてきた問題など、先刻承知のことだから何の戸惑いもないだろうと読者は思われるかもしれない。しかし、事はそう単純ではない。大学・工学部の力学系講座で実施されている標準的な材料力学の教育は、単一構造材としての梁の力学に終始しているのが常である。局所的不安定問題出現の可能性のある立体スケルトン構造の解析までは未体験である人が多いため、企業での実務経験で初めて出くわす戸惑いとなるのである。

2009年梅雨の候記

  1. 構造不安定の問題は、何も実際に荷重をかけたから生じるわけではない。任意の仮想荷重を考慮したとき、不安定な応答性を持つ構造系の場合が問題なのである。このことは、多くのソルバーが荷重ベクトルの処理する前に、構造不安定のメッセージを出力していることでも理解できるはず。 []
  2. ここでは言及しないが、局所的不安定には、他にも面内回転自由度を持たない板要素から由来するものもある。 []

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