第20話 19世紀の超高層住民
昨今は超高層マンションの建設ラッシュですね。地上100m以上の住民も珍しくない時代ですが、今から100年以上も前の19世紀終わりごろ、地上270mの所に住居を構えた人がいました。その人はフランスのエッフェル(Eiffel;仏1832-1923)でした。彼は自分が建てることになる鉄塔の請負契約書中に自宅の階を設ける条項を入れていたといいます。
エッフェルは建築家と土木家を兼ねたエンジニアでした。特に橋梁分野が本領で、その実績はヨーロッパのみならずフィリピン、ベトナムというアジアにまで実績があり、“橋造りの天才”とか“鉄の魔術師”とまでいわれたそうです。
ところで、エッフェルという人は意外なところで顔を出す人物です。もちろん、エッフェル塔を建てたことは万人が知っていますね。アメリカ独立100周年記念にフランスがアメリカにプレゼントした“自由の女神”の骨組みは、エッフェルが設計したことは建設エンジニアの一部あるいはクイズマニアの間には知られているでしょう。
しかし、女性が下着に使用していたガーターベルトまでエッフェルの創造物であったことはほとんどの人は知らないでしょう。筆者も新聞紙上でその事実を知らされたときは驚きでした。
さらに続きます。世界史にその名を残す二人の人物と接点を持っているのです。一人はスエズ運河の生みの親で有名なレセップス(Lesseps;仏1805-1894)です。レセップスは外交官でありながら、スエズ運河の成功から74歳の高齢にもかかわらずパナマ運河の事業に担ぎ出されました。このパナマ運河事業には水門の建設でエッフェルも請負契約を交わしています。ところが、レセップスの運河会社は当初から経営状態が悪く、後に政界まで巻き込むスキャンダラスな事件にまで発展してしまうことになります。“パナマ運河事件”です。レセップスは詐欺罪、エッフェルは契約不履行ということで、ともに訴訟されるという人生に汚点を残すことになってしまいます。
もう1つの接点とはライト兄弟です。ライト兄弟はキティ・ホークでの飛行成功以後、飛行の安定を目指して実験を重ねていましたが、これに一役買ったのがエッフェルの風洞実験ということです。エッフェルは建設エンジニアらしく晩年、耐風の研究に力を注ぎ風洞実験装置まで製作していたのです。ここで、プロペラの研究を始めたりして、初期の航空力学分野で多くの貢献をしたのでした。アメリカは彼の貢献に対してラングレー賞を贈っています。
建設という比較的地味な分野にあってエッフェルほどその名をよく知られた人はいないでしょう。しかし、エッフェル塔の建設者であったことまでが一般には知られている範囲でしょう。彼の長い人生には、いくつもの興味深い出来事があったことを知る人は少ないのではないかと思います。
2003年6月記