FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第31話 分岐とカオス

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弾性安定のテーマを扱う教科書のページには、昔からエラスティカと呼ばれている梁の変形曲線がたいてい掲載されている。そこには、ずいぶん曲がった変形曲線が描かれているが、あの変形曲線は変形後(座屈後)での平衡微分方程式を立てて解く必要があり、解は楕円積分の関数形となる。

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この問題に有限要素法を使用して数値解析を実施しても、解析解に近いものを得るのにさほどの苦労はいらないだろう。

ところが、これは動きを平面内に閉じ込めている限定問題だから言えるのであって、ねじり変形が入ってくる3次元の(幾何学的)非線形問題となると状況は一変する。荷重変形曲線が途中で枝分かれするような“分岐点”が内在することが多くなり、荷重に対する解の一意性がなくなるためである。数値解析を実施中、運悪く分岐点に出くわすと反復計算が収束せず、計算が破綻することをよく経験する。

分岐点には基本経路(1次経路)とは別の分岐経路(2次経路)があり、しかも1本だけとは限らないので、分岐点の位置を見つけることはできても、分岐点通過後の変位軌跡を追跡することは至難の業である。分岐点での接線剛性マトリックスの固有値解析による固有ベクトルを利用した方法などが提案されているが、誰でも容易に使用できる代物ではない。この分野に通じた専門家がテクニックを駆使して、問題解決に当たらなければならないというのが実情ではなかろうか。

どの経路と断定はできないが、ともかく、座屈後のある平衡状態を求めるというのであれば動的解析を利用するのも1つの手である。荷重を与えるのではなく、強制変位を強いる問題の場合などで変形状態がある程度予想されるのであれば有効かと思われる。

実は冒頭のエラスティカの問題を有限要素法で解く場合にも、初期変形という形で座屈モードを含めておかないと、いつまでも軸圧縮方向の変形モードしか求められないのだが、これも分岐点の解決法の1つである。

ところで、設計者にとっては幸いと言ってはなんだが、通常の構造物の設計では耐荷力の値に関心があるだけで、使用に耐えない座屈後の範囲まで変形を追うことはまれであり、それは、ただ学問的興味の対象として残るだけであろう。

一般に非線形方程式で表現される物理現象や社会現象を扱う非線形数学には“分岐理論”というりっぱな数学分野がある。一時期、“カタストロフ理論”といわれた現代数学の一部である。

筆者が学生時代を送っていた1970年代初期の頃、日本ではカタストロフ理論が一大ブームとなったことを記憶している。元々、力学分野で誕生した理論が経済活動のような人間行動学にも応用できると期待されて、ちょっとした騒動だった。その後、応用面で思ったほどの進展がなく潮が引くように静まった。付和雷同的な騒動といい、潮の引き方といい、後年の人口知能(AI)ブームと同じであった。もっとも、最近、カタストロフ理論はカオス理論に衣替えして“複雑系の理論”として復活しているようだが。

ついでだから、ちょっとカオスのことを少し紹介しておこう。

カオスを解説する一般通俗書には必ずと言っていいほど出てくる次の式がある。

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この式は動物の個体数を経年で推定する漸化式で、n 年目の個体数が Xn の時、その翌年の個体数を Xn+1 と予想する推定式である。初期値を適当に設定すれば、後は自動的に翌年の個体数を予想する推定式である。R はパラメータである。式には X の2次項があるので一応、非線形式であるが、式そのものは簡単である。この簡単な式がとんでもない振る舞いをするとは、この式を初めて見る者の誰が予想できることであろうか。

  • R=1のような R が小さめの場合、個体数はゼロに収束する。すなわち絶滅を意味する。
  • R=2~3あたりの場合、増加した年の翌年は抑制が働き、減少の年の翌年は増加の方向に働く数値を出す。

ここまでは、常識的であり、直感的にも理解できる。さて、問題は次である。

R=3.57とすればどうなるか。驚くなかれ、全くのカオス的状況に陥るのである。

非線形の世界では、パラメータや初期値のちょっとした違いで、結果に全く予想もできないカオス的状況が発生し、それゆえに天気の長期予報ができないのである。天気の数値予報で使用される方程式も複雑な非線形方程式である。カオス理論は元々、天気のシミュレーションでの発見を嚆矢とするが、この世界のカオスを表現するのに“バタフライ効果”という言葉がある。蝶々の羽のゆらめきが後々、大嵐になることもあるというのである。

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ところで、冒頭で述べた3次元構造の幾何学的非線形解析においても、初期値に敏感というカオス的現象とよく似た経験をする。この場合は多分、分岐点に出くわしていると思われるが、ともかく、反復計算が破綻してしまうケースでも、パラメータに相当する断面定数(特にねじり定数)を少し変化させてみると見事にある解に収束することを多く経験する。

19世紀のフランスの偉大な知識人であった数学者のポアンカレ(Poincare;仏1854-1912)は、太陽と地球というような2体問題では見事に解を出すニュートン方程式を3体問題へ適用してみて、その複雑さの前に愕然としたという。しかも、この問題には初期値に非常に敏感という後年、カオスといわれる問題点を含んでいたのである。

コンピュータの出現により人類は今まで、全く歯が立たなかった非線形現象(数学)の解明に大きく前進できるようになった。だが、まだまだ課題は残っているようである。

2005年1月 記

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