FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第30話 座屈は奥が深い

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乱流が振る舞うパラドックス的現象が多い流体力学に比べると、構造解析者にとって中心的テーマである静力学は面白みにやや欠けるというのが筆者の感想であるが、どうであろう。定量的にはともかく、定性的には結果が常識的、直感的に予測できるからである。ただし、例外が1つある。座屈がそうである。

標準的な構造力学の教育を受ける人たちが使用する教科書、参考書はたいてい線形理論の範囲に限られている。その教科書でも例外的に非線形の世界にほんの一歩踏み出す場面があるが、それが座屈(弾性安定問題)を扱うページである。厳密に言えば、これは古典的座屈であり、狭い意味での座屈である。

この座屈、正確には線形座屈と呼ばれて、数学的には固有値問題の一種である。さらに深く非線形の世界に足を踏み込むと、初期変形から計算を始め、有限変形理論により大変形を追跡していく広い意味の座屈が待っている。以下は狭い意味の座屈の話である。

構造材の座屈論はチモシェンコ(Timoshenko;露1878-1972)の教科書に集大成された感があるが、この分野、19世紀から20世紀初頭にかけて、ドイツの研究者による貢献が大きい。エンゲッサー(Engesswe)がそうであり、後に流体力学分野に転向したプラントル(Prandtl)、カルマン(Karman、ハンガリー生まれだが、若い頃ドイツで活躍)といった有名な天才たちも若い頃、座屈論の展開に貢献しているのである。

ところで、“座屈”という名称は一体誰が名づけたのであろうか。今では広辞苑にも載っているぐらいの学術用語であるが、漢語からの輸入なのだろうか、それとも明治期にドイツの文献あたりから持ってきた訳語なのだろうか、非常に興味のあるところである。漢和辞典を調べても“座”という字に倒れる意味がない。棒のオイラー座屈が示す典型的な座屈モードが、あたかも立っていた人が座る際の姿に似たところからの造語なのだろうか。それにしても面白い名づけ方である。

一方、ドイツ語では多彩な表現があるのには驚かされる。どうも、一般的な座屈の呼称としては“Knick”を使用しているようだが、板のはらみ座屈(局部座屈)では“Ausbeulen”を使用している。筆者は若い頃、桁の横倒れ座屈をテーマに仕事をしたことがあるが、この場合は確か“Kippen”と言っていたと思う。他に“Ausknick”といった表現もあり、英語が“Buckling”の前に修飾語を付しているだけとは大違いである。それだけ、ドイツの研究者たちの座屈に対する思い入れが強かった証拠だろう。

座屈現象も対象構造がプレートとかシェルになってくると奥の深さに驚かされる。それどころか、理論的には押さえられないことも知ることになる。いい例が、実用的にも興味深い対象となる軸圧縮力を受ける薄肉円筒シェルがそうである。考えられる座屈モードの中でも軸対称モードの場合、下記の座屈強度の式が理論的に得られている(円筒の長さに関係がなくなる)。

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図30‒1 薄肉円筒の座屈

図30‒1 薄肉円筒の座屈

この値は有限要素法を使用しても得られるが、ちょっと注意を要する。この座屈モードの場合、SIN カーブの半波長が結構短いので、それを表現できるようなメッシュ分割を用意しておかないと上の結果は得られない。

ところが、である。数学的にも物理的にも妥当な定式化で得られた上式の座屈強度の値は、実際の構造物では合わないというのが周知の事実である。実験で確かめると、計算式の値よりもかなり低い値で座屈してしまう。そんなことで、設計者向けの指針では実験公式が用意されているわけである。

個別で展開されてきた歴史のある座屈論の中で、「座屈は分岐である」と、その本質を喝破したのはフランスの知の巨人ポアンカレ(Poincare;仏1854-1912)とのことである。次回の話はその分岐のことをテーマとする。

2004年12月記

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