FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第32話 分岐の神様は悩むだろう

前2回で分岐現象に絡む話題を提供したが、結局、非線形微分方程式には解の一意性がないために分岐現象が潜在するということである。荷重-変形曲線を数値解析で追いかけていったとき、出くわした分岐点以後の経路を追う困難、計算の不安定さは、あたかも分岐点に立っている神様がどちらに誘導しようかと迷っているようなファンタジーをつい想像してしまう。

このことに関して、筆者が持っている連想話を今回は紹介しよう。

図32‒1 コの字型に張った石鹸膜

図32‒1 コの字型に張った石鹸膜

まず、話の準備として、図32-1を見てもらいたい。これは、コの字型に曲げた針金の上にもう1本の針金棒を載せ、それらが形成する四角枠に石鹸膜を張った状態を表している。ここで、手を離すとどうなるか。誰もが予想するとおり、針金棒は図上の左の方へ移動する。これは、言わずと知れた表面張力による結果である。表面張力は、世の中によく存在するエネルギー最小化の原理の1つ、この場合、表面積最小化の原理に従って、石鹸膜の面積を小さくするように作用する。この種の問題は第29話に登場してもらったクーラントが深く研究した分野である。

上の事例を頭に入れて、次は図32-2を見ていただきたい。針金で作った三角錐のフレーム構造を石鹸液に浸してから空中に持ち上げるとする。さて、石鹸膜はどのように張られるだろうか。

結果は図32-3のようになる。直感的には4つの三角錐面に膜を張りそうに思えるが、その場合の総面積よりも図32-3の方の総面積が小さいのである。自然の摂理にはほんとうに感動する。

図32‒2 針金フレーム

図32‒2 針金フレーム

図32‒3 三角錐フレームに張られた石鹸膜

図32‒3 三角錐フレームに張られた石鹸膜

次に三角柱のフレームを考える。この場合は三角錐の結果から想像できるように石鹸膜は図32-4⒜のように張られる。ところが、この三角柱の高さが低い場合だと、図32-4⒝のようになってしまう。

図32‒4⒜ 高い三角柱フレームに張られた石鹸膜

図32‒4⒜ 高い三角柱フレームに張られた石鹸膜

図32‒4⒝ 低い三角柱フレームに張られた石鹸膜

図32‒4⒝ 低い三角柱フレームに張られた石鹸膜

弾性変形解析での分岐は、最小歪エネルギーの平衡状態がそれまで追ってきた経路の延長とは別に存在することからくるとも言える。これに類似して、上の2つの三角柱の石鹸膜の存在も、表面積最小の膜状態が別にあることを自然は知っていて、そう振る舞うのだろうか。それにしても、どちらの膜模様になると明確に判断できないような高さの三角柱ではサイコロをふるようなものなのか。

筆者は分岐の問題を思うとき、いつも上の石鹸膜のことを連想する。分岐点に立っている神様が随分と悩んでいる状況を想像するのである。非線形解析が分岐点付近で計算が不安定になるのは、おそらく、分岐の神様が悩んで結論を出せない状況なのだろうと。

2005年4月記

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