第16話 セレンディピティー
昨年(2002)の師走に入る頃、“セレンディピティー”という洋画が上映されていたのを読者は覚えておられるだろうか。内容はラブロマンスものだが、不可解なタイトルが付いているので、映画を見た人でもない限り、どんな内容か予想もできなかったと想像できる。しかし、有限要素法を少し詳しく勉強している方には、タイトルを見ただけで、「ははーん」と内容が想像できたのではないだろうか。
有限要素法で使用される要素には分類すると、ラグランジュ族やエルミート族のほかにセレンディピティー族と呼ばれるものがある。前二者が数学者の名前を冠しているのに対して、セレンディピティーの方は偶然のいきさつで幸運をつかんだセイロンの王子の物語に由来しているそうだ。
ラグランジュタイプの要素はもちろんラグランジュ補間式を使用するので、2次式以上の補間式を使用する高次要素では要素内部に節点が取られる。これに対して、セレンディピティー要素は要素辺上の節点のみで要素内部の変位を補間する。したがって、例えば4節点の平面四角形要素では両者に違いは出てこない。
セレンディピティー要素の形状関数は目視で直感的に見つけられたので、この名がつけられたとのことだが、それにしても、この洒落たネーミングの名づけ親は一体誰なのだろうか。内容からしてアイソパラメトリック要素が登場した頃からの名称だろうし、三角形タイプの要素が中心だった有限要素法の古い時代にはなかったはずだ。
昭和45年に初版(邦訳版)が出版され、続刊が次々と出されている有限要素法のスタンダード的参考書である、Zienkiewicz 著の“マトリックス有限要素法”でも昭和50年出版の第2版1 で初めて登場している。筆者がセレンディピティー要素という名を初めて知ったのもこの本であり、また、昭和47年出版のホランド/ベル著“有限要素法(邦訳)”2 であった。
セレンディピティーという言葉が特殊なためか、この言葉、あまり世間では普及していないというのが現実ではないだろうか。筆者の知る限り、化学関係のエッセイ本のタイトルにこの名が付いたものがあった記憶があるが、そのほか一般向けの書物では短編ストーリーの名手、阿刀田高さんのどこかのエッセイに詳しく記載されているはずだ(筆者は実際に読んだのだが、どの本か忘れてしまった)。
偶然から生まれた幸運と言うことで言えば、科学の歴史には幾度となくそれがあったようだが、昨年(2002)後半、一人で話題をかっさらった感のある田中耕一さんのノーベル賞受賞対象の研究成果もセレンディピティーだと思えるのは、田中さんの言葉からうかがえる。
2003年1月記