FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第108話 振動論か波動論か

土木、建築という建設系の構造設計者たちは、地震対策という重大な課題を持つので振動学の教科書や参考書に一度は目を通すことになる。機械振動に直面するメカ分野の設計者たちもこの事情は変わらないであろう。どの教科書も、単振り子または単一バネの振動を材料とした振動学の初歩から始まり、多質点系の動力学の解法を中心に展開するというのが定番である。中には、弦や梁あるいは板という連続系媒質を対象にした振動モデルの章を割いている書籍もある。

そして、設計現場における実務の解析計算においては、有限要素法をはじめとする離散系モデルの振動解析を実施することがほとんどなので、誰しも「振動が実は波動である」ということを意識せずに済んでいる。ちなみに、「振動論と波動論の違いは何か」と、力学系の学生さん、実務者に問うたならば、明確に応えられる人は一体何人いるだろうか。

結局のところ、振動論=波動論なのであるが、この等価性を説得力ある説明をするとなると、これが中々難しいように思われる。そもそも両者を解説している背景に違いがあって、その違いが同一視できるのを邪魔しているのでは、と痛感する。

有限の大きさを持つ人工構造物の動力学では、最初から離散系の振動論で扱っているのに対し、波動論では、地震波が走る地殻、音波が伝わる空間というように無限に広がるような連続系媒質を想定した展開となっている。もっとも、波動論を説く初期段階では、有限長の弦や棒を俎板に上げているが、これは、波動論の初等的知識を理解してもらうための便宜的道具で採用されているものである。

図1 弦の振動時の張力

図1 弦の振動時の張力

一般的に言って、同じ現象を説明するのに、違った視点で見るということはよくあることである。物理の世界でも例外ではない。固体や流体といった連続体の挙動を扱う部門では、視点の違いでラグランジュ法とオイラー法という2つの立場があるのは周知の通りである。前者を物質表示法、後者を空間表示法とも呼ぶことがあるが、波動論と振動論という2つの視点は、なんだかこれに似てなくもない。

ここで、少し数式を導入して具体的な話をしてみよう。波動論の本には、必ずと言っていいほどに出てくる、下に記す弦の運動方程式がある。この式の誘導には、いろいろ仮定があるのだが、まあ、線形力学の範囲での誘導と思ってもらいたい。

108-a

ここで、Tは弦に働いている張力であり、ρは弦の線密度である。式(1)の係数を集めて、改めて係数を書き直すと、式(2)となる

108-b

この方程式は、よく知れた1次元波動方程式である。そして弦上を伝わる横波の速度がCであることを物語っている。方程式の解法には、2階偏微分方程式の解法の定番である変数分離法を使うのだが、その結果が式(3)である。Lは弦長である。なお、ここでは、弦の両端で横変位Vが固定されているという境界条件が採用されている。

108-c

この結果の式は、もちろん波動方程式から出てきたものであるが、位置変数xを固定して考えれば、正弦関数の値を振幅とするその位置での振動の式とも考えられる訳である。

 

ところで、式(2)の波動方程式にある係数Cは、波動のタイプが違っても速度を表すという点で共通に出てくるものである。ただ、速度に寄与する中身の物理量が違うだけである。ついでに言っておけば、弾性体内を伝わる縦波すなわち音波の場合、

108-d

次に結局は、式(2)の波動方程式に帰着する離散系モデルの振動を考えてみる。これは、振動論と波動論の等価性を暗示する実にうまい工学的観察であると思う。それには、まず多くのバネで繋がれた多質点系のモデルを想定していただきたい。そして、このバネモデルの静止状態から手で少しつまみ上げてから放す揺れの問題を考える。つまりは、バネモデルの横振動を考えるのである。図2は、そのバネモデルのn番目にある質点の両側に繋がれたバネの部分を取り出したものである。

図2 多質点バネの横振動モデル

図2 多質点バネの横振動モデル

もちろん、ここでは振幅が小さい線形振動を考えている上、隣接質点の横変位差は質点間の距離に比べて充分小さいことを前提とする。すなわち、

108-e

すると、n番目の質点を平衡位置に戻そうとする復元力は、張力Tの鉛直成分となり、左右でそれぞれ

108-f

すると、この質点の運動方程式は、次のようになる。

108-g

ここで、式(4)の右辺にa/a を乗じて、さらに左辺にあるmを右辺に移項して式を少し調整すると、容易に下式となることが分かる。

108-h

式(5)の括弧内2項を一つにまとめると、

108-i

さて、ここまできたら、次に離散系で考えていた質点の数nを非常に多く取ることを考える。すなわち、質点間距離aを非常に小さい量Δxに置き換える訳である。すると、

108-j

となる。

読者には、式(7)をよく見つめてほしい。括弧内の式は、実に2階微分項を中央差分で近似した階差式を表しているではないか。さらに、括弧の前にかかる係数の分母項 m⁄Δx は線密度ρに他ならない。すなわち、Δx→0 の極限においては、式(7)は、式(1)あるいは式(2)の波動方程式に一致することが理解できるはずである。

振動論で始めた物理が、実は波動論の顔を持っていたという訳である。これを以って振動と波動の等価性の全貌を語れた訳ではないが、振動=波動のイメージをもつ大きな一助にはなるであろう。

 

ところで、実務に携わる構造設計者に、波動論の知識が必要かといえば、必ずしもそうではないことも言っておきたい。波動論で出てくる独特の知識である波数や反射、屈折、あるいは分散、群速度といった概念は、海洋工学や電磁気学の部門では必須知識だが、構造工学の部門の人間にとっては、地盤内の弾性波を厳密に扱ったり、核爆発や隕石の衝突といった極端な衝撃解析などを対象とする例外を除いて、通常はそんな知識を知らなくてもいいようである。前回の話に出ていた棒の衝撃解析を思い出してほしい。あの解析例は、運動方程式を直接積分する時刻歴応答解析-ニューマークのβ法使用-した結果であった。波動論の事前知識なしに解析した結果にもかかわらず、応力波の遅れや反射波の影響がりっぱに表現されていたのである。

2016年9月記

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