FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第107話 動力学から見た棒力学

今、図1にあるような直立する棒の頭部に上から荷重を掛ける問題を考える。別に引張荷重でもいいのだが、今は圧縮荷重を考える。すると衆目蓋然、棒は縮んで、歪、応力といった物理概念が登場する。この棒の力学は、材料力学、構造力学の教科書が扱う力学の中でも一番簡単な問題であろう。この力学を、筆者は高校時代の物理教科書に出ていたと記憶するのだが、今では中学の教科書でも扱っているのでは、と想像したくなるほど簡単な物理である。

図1 棒の静力学

図1 棒の静力学

しかし、それは、荷重がゆっくりと掛かり、荷重の大きさもそれほど大きくなく、変形も微小範囲に留まるという前提条件付きの線形静弾性理論が支配する範囲の問題だからである。力学現象が非線形の様相を呈してくると、棒が縮むことで、断面積はもはや元の値ではなく、そうなると応力を定義する面積の概念も変わってくることになり、話は簡単なことではなくなり、もはや初等力学のレベルを超えることになる。

ここでは、上のような難しい力学ではなく、あくまでも線形弾性理論の範囲で棒の力学を俎板に上げるのだが、載荷条件はゆっくりではなく、それどころか急激に掛かる衝撃載荷を考えてみたい。すると、静荷重の場合では、単純で簡単な物理でしかなかった棒の力学が、俄然興味深いものになってくる。

衝撃的に荷重が掛かる力学問題は、一般に衝撃工学と呼ばれているが、どういう荷重状態であれ、時間関数で表現される荷重値が必要ということでは共通であり、その意味では動力学に属する物理である。

図1での荷重Pが急激に載荷される問題では、図2に記したような載荷初期時刻から立ち上がったステップ関数を考慮することになる。

図2 ステップ関数の載荷条件

図2 ステップ関数の載荷条件

今、図1の棒に対してFEMでのトラス要素を複数配置して、時刻歴応答解析を実施してみたところ、図3のような結果が出た。このときの諸元は、以下の通りである。なお、ρとは棒材の質量密度の
ことである。

P = 100N
L = 50cm
A = 1cm2
E = 2.0×105N/mm2
ρ = 7.9×103kg.s2/m4

図3 棒中央部要素での軸力変動(減衰無視)

図3 棒中央部要素での軸力変動(減衰無視)

図3は、棒のスパン中央部に位置するトラス要素を採り上げ、その要素に発生する軸力を追ったものである。この図からは、2つの興味深い現象が読み取れる。まず、時刻t=5.0×10-5秒まで軸力がゼロであること。それは、荷重が掛かって棒端に発生した応力波がこの位置にはまだ届いていないことを示している。すなわち、応力波が棒の中央位置に届くのに、5.0×10-5秒かかっていることを言っている。ここで、視点を変えてこのことを考えてみる。

今、考えている棒の縦振動は、波動学が扱う弾性体(1次元)を伝わる縦波の波動力学と等価の物理問題である。弦の横振動と同じく、波動学の中で一番簡単であり、入門的問題である弾性棒の縦波の物理を表現する波動方程式はよく知られた次の式である。

107-a

周知のとおり、Cは縦波の速度を表し、いわば固体中の音波の速度である。先のEとρの値をCの式に代入してみると、C=0.5×104 m/sとなり、棒の半長25cmを音速で割ると、ぴったし5.0×10-5秒の値が出てFEMの結果と一致していることが分かる。

次に、t=1.5×10-4秒あたりの結果を見ていただきたい。軸力が、荷重値の2倍程度になっている。すなわち、動力学の結果が、静力学での結果の2倍となっているのである。この現象こそが、構造設計の立場では恐い点である。

2倍現象も、やはり波動学の視点から考察することができる。つまり、上から来た応力波が固定端に来ると、ここで反射波が発生して上部方向へと登っていく。2倍現象は、進行波と反射派が棒中央位置で重なった結果を物語っているのである。

ところで、図3の動的解析では、減衰を一切考慮していなかったので、自由振動の影響が強く、大きく変化する軸力値のカーブ上で小さなブレとなる波が重なっている。実際問題としては、全く減衰の無い構造物の振動なんてないので、ここで適当な減衰項を導入してみる。その結果が、図4である。

図4 棒中央部要素での軸力変動(減衰考慮)

図4 棒中央部要素での軸力変動(減衰考慮)

注意してほしいのは、図4では、軸力が静力学の場合の値(100N)の2倍値に収斂しているので、あたかもこの値が永遠に続くと誤解することである。本グラフは、載荷開始点からミリ秒よりも更に1桁小さい極短時間での結果を見ているのであって、時間目盛りのオーダーが上がると、やがて軸力は静力学の結果100Nに収斂するようになる。

荷重が衝撃的に掛かる場合、その応答量が、同じ荷重値を扱う静力学の結果の2倍となる力学現象は、実は最大値だけに限定した解法として、材料力学の教科書にも掲載されている問題でもある。そこでは、衝突物体が持つ運動エネルギーが被衝突体の歪エネルギーに変換されるという論法が展開されて、2倍値の結論に至っている。

 

最後に今一度、載荷方法に考えを巡らしてみる。図3、図4は、図2で示したように、荷重を急激に掛けた場合の結果であった。ここで思い出してほしいのは、われわれが、弾性体のひずみエネルギーの概念を学習した際の、応力と歪の関係である。弾性体の応力がσで、歪がεのとき、そのひずみエネルギーUは、

107-c

107-b

だったはず。

これは、線形弾性体の場合、σとεの関係が右図のような関係になっており、ある応力値σと言っても、いきなりσが出現するのではなく、ゼロからスタートして現在のσがあるという考えだ。

図5 立ち上げに時間遅れがあるステップ関数

図5 立ち上げに時間遅れがあるステップ関数

この考えに倣って、荷重値Pもいきなり掛かるのではなく、ある時間Δtを経過してPになるという方法を考えると、図5のような最終荷重値までの立ち上げに時間遅れがある関数となるはずだ。このステップ関数を使った載荷方法で応答解析を実施した結果が図6である(下部固定端近傍要素の軸力)。なお、ここでは、Δt=1.0×10-3s を採用している。

 

図6 立ち上げに時間遅れのあるステップ関数を使った軸力応答

図6 立ち上げに時間遅れのあるステップ関数を使った軸力応答

時間スケールの関係で、図6上のグラフでは粗い表現しかできなかった軸力応答をミリ秒単位にして詳細に見たのが下のグラフである。ミリ秒単位の範囲で見ると、軸力応答が静力学応答に対して最大でも1.2倍ぐらいとなってかなり緩和されていることが理解できる。

立ち上げ時間Δtを長く取れば、動的応答率が下がるという傾向は、静力学の妥当性を裏付けるものである。今回の例をみても、1ミリ秒といえば、日常的な感覚では随分と短時間である。それでも動的効果がたかだか2割増しの結果である。動的効果を消すには、さほどの立ち上げ時間Δtを要しない、と想像するに難くない。

単純過ぎて、面白みの無い棒の静力学も、一転、動力学の視点で見ると、結構興味深い物理があるという話であった。

2016年8月記

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