FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第22話 4元数をもう一度

有限要素法で使用されている要素の中でも梁要素、板要素といった、いわゆる構造要素と呼ばれている要素では、その構造特性である断面の幾何学的広がりをモデル化して1つの線、1つの面(中立線、中立面)に集約するため、どうしても回転量の概念を導入せざるを得ない。

学校で教育されているような初等構造力学が対象としている微小変形理論の範囲であればなんら問題ないが、第18話で少し紹介したように3次元の有限変形ともなると、この回転量の扱いが途端に難しくなるのである。不思議なことに、モーメント、角速度といった回転を代表する物理量がベクトルであるのに対して、3次元空間での回転量はベクトルではないのである。ただし、最終的にはベクトル表記で表現できるが(現実にベクトルの内積、外積の表現式を利用することになる)、3次元回転を誘導するのにベクトル演算の和や積ではできないということである。いい例が回転の合成を求める場合である。2回連続する回転の結果を表現する回転表現はベクトル演算ではできない。

図22‒1 任意軸回りの3次元連続回転

図22‒1 任意軸回りの3次元連続回転

空間の3次元回転を表現する数学としては歴史的にはまず、オイラー角があった。実際、今でもこれを使用することも多い。

一方、2次元における複素数のように代数学の体系の中で3次元回転を扱えるようになったのはハミルトンが考案した4元数がきっかけである。4元数の代数を利用すると簡単に3次元回転が誘導できるのに驚かされる。ベクトルの世界から一旦、4元数の世界へ移動し、演算を4元数として処理してから、結果をベクトルで眺めるという手際は、どこか、ラプラス変換を利用した微分方程式の解法と似たものを感じる。

ところで、3次元回転が4元数で表現できることに気づいたのは、実はハミルトンの講演を聴いたケイリー(Cayley;英1821-1895)だといわれている。線形代数の教科書に“ケイリー-ハミルトンの定理”というのが出てくるが、あのケイリーである。彼は本業の弁護士をやりながら数学を研究し、多くの業績を残したというから全くの驚きだ。さすが、ケンブリッジの数学を主席で卒業しただけはある。有名な数学史家、E. T. Bellをして、その創造的産物の数量においてオイラー、コーシーに比肩するとまで言わしめた数学者である。

余談になるが、ケイリーは4元数に啓発されて彼自身、8元数というものを考案している。後年、数学では4元数や8元数という(16元数もあるという)のを超複素数と呼んでいるらしいが、ほんとうに、数学者の頭脳は何を考え出すか計り知れないものがある。

閑話休題。3次元回転の4元数演算が発見された同時期、フランスではロドリーグ(Rodrigues;仏1794-1851)という数学者が幾何学的な手段で、やはり3次元回転の数学を発見していたらしい。さらに驚くなかれ、なんとガウス大先生も既に3次元回転の数学を知っていたらしいのである。世間には公表されなかったが、彼のノートにはそのことが記されていたという。いかにもガウスらしい話である。奇遇というか、独英仏の3カ国で独立におきた発見物語であった。

最後に。上で3次元回転と常に3次元と断ったのは、2次元回転ではベクトルとなるからである。また、3次元でも回転量が微小であれば、やはり、ベクトル扱いできることは既に周知のことである。

2003年9月 記

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