第104話 厚板要素物語 その5- 高次要素の不都合なる事実
FEM で使われる要素の中で、たとえば四角形要素の4 頂点のみにしか節点を持たない要素を1 次要素と呼び、要素辺上(要素内も含めて)にも節点を持つ要素を、その数に比例して2 次要素、3 次要素…と呼んでいる。また、1 次要素を特に低次要素と呼び、2 次要素以降を高次要素と呼ぶのがこの世界の慣習である。
高次要素の存在価値は、これまた四角形要素の例で言えば、一つの2 次要素と1 次要素を4 要素使用した場合とで比較したとき(図1)、同等以上の精度レベルを持つという一般的なメリットにある。
精度メリットだけの違いなら、低次要素の高位要素として高次要素を捉えるだけでいいのだが、そうはいかない現実がある。高次要素の使用では、低次要素の場合には思いもよらなかった特質が存在するのである。辺中間節点の存在が影響して、インプット側にもアウトプット側でも構造解析者の直感を裏切るシーンに出くわすことになる。
ところが、高次要素のこの点について記述したFEM の書籍をほとんど見かけることがない。筆者は、FEM が日本で登場した時代から今にいたるまで出版されてきた参考書にはたいがい目を通してきたつもりだが、それらの中にはほとんどなかったと記憶している。筆者の知る限り、わずかにツェンキーヴィッツ著の“マトリックス有限要素法”にあっただけと思う-この点は筆者の失念があるかもしれない。そんなことはない、この本に出ている、という読者がおられたら、どうかご一報を願いたい。
それでは、高次要素の何が問題かといえば、上の著書で紹介されているように、要素内全域に分布する荷重を節点荷重に配分し直すとき、トータル荷重値を構成節点数で除算するという単純計算ではなく(もちろん各節点で影響面積の重み付きだが)、数学的一貫性を保つため、利用者にとって全く違和感を持つ符号反転の荷重を一部の節点に課することにある。このことは、振動解析の場合では、ますます厄介なことになる。伝統的に使われている集中質量マトリックス系の振動解析では、要素質量をどういう手段で集中質量化するのかという課題が出てくる。
しかし、FEM ユーザーにとって、上のことは深刻な問題ではないかもしれない。昔と違って、流通EEM コードを使用する今の時代では、これらの作業は、FEM コードが面倒みてくれるからである。
問題は、アウトプット側にあるのではなかろうか。符号反転の節点力が発生するということは、反力値にもそれがあるということである。上から下に向かって荷重を掛けたのに、(低次要素の使用時にはそんなことがなかった)反力方向が反転するという不可解な現象(図2)に構造設計者は悩むことになる。
さて、今回のテーマは、高次の厚板要素を使用すれば、やはり解釈に悩む問題があるぞ、という話である。それを紹介するには、準備知識として、まず図3を見ていただきたい。この図は、周辺が固定支持された等方性材料の正方形板に等分布荷重が掛けられた解析結果で、図右側の太線で表示した端部での横せん断力Vx の分布を、薄板と厚板の2 種の板厚モデルについて表示したものである。実を申せば、この表示グラフは、FEM 解析ではなく古典的手法である級数解法による理論解析結果である。
図3 での分布状況は正確には記していないが、おおよその分布模様に間違いはない。構造設計の観点から言えば、薄板、厚板両者に大きな違いはない、といえそうだ。しかし、物理的観点からは、薄板の場合、面白い現象が見て取れる。どういう訳か素直にコーナーのゼロ値に接近するのではなく、コーナー近くで、一旦符号反転してからコーナーに接近している。
次に、上の薄板(ここではt/L=0.01 としている)について、低次、高次の両要素を使ってFEM 解析を実行し、同じ場所での横せん断力Vx を表示した結果が下の図4 である。
図中1-9(節点番号を意味する)とあるのが、図3 での太字ラインの場所である。低次要素の結果は、コーナー付近での符号反転を含めてよく理論解の結果を反映しているのに対して、高次要素では、コーナー付近の異常性が際立っている。このシーンに出くわしたFEM ユーザーの戸惑う姿を想像するに難くはない。なお、この分布模様とよく似た図がツェンキーヴィッツ著書にも紹介されている。そこでは、“集中力の作用点近傍で生じる不自然な応力分布”ということで記載されている。
今度は、t/L=0.1 の厚板要素に関して、FEM 解析してみると、図5 のようになる。
図5 を見れば、厚板の場合は、理論解の分布とよく一致していることが分かる。読者諸氏は、薄板、厚板でのこの違いを何と解釈されるだろう。事程左様に高次要素は、実は厄介な顔を持つ要素なのである。ケースバイケースで評価を判定することが要求される要素では、とても平均的FEM ユーザーに推奨できる代物ではないのである。
図4 における高次要素の異常現象に戻って、少し解説を加えれば、次のような背景がある。図4、図5 にあるグラフは位置1-9 での値をプロットしたものである。これらは当然、板端部の場所であるので、FEM の解析結果が直接出てくる要素内部の積分点位置の値を外挿計算で求めたものである。このとき、コーナー節点を持つ要素でのコーナーに一番近い積分点での値に、どういう訳か異常に大きい値が出てくるのである。この値が悪さをして、コーナー部の異常値となるわけである。一つの解決策としては、節点評価をせずに、各要素で平均化した値を評定値として採用することである。この「平均化で考察する」という作業が高次要素の場合には必要と一般的には言われている。
なお、今まで言い忘れていたが、上の解析例で高次要素と言っているのは2 次要素であることを断っておく。したがって、ここでの話を高次要素全般にまで拡大解釈されては困る。3 次要素以上の高次要素についてはどうなるのか、筆者はそれらの要素の使用経験もなければ、使用できる環境にもないので、発言する資格がない。読者の中で、3 次以上の高次の厚板要素を使える方がおられたら一度試されたらどうだろう。そして、結果のご一報をいただけたら筆者幸甚に思います。
2016 年5 月記