第103話 厚板要素物語 その4- 板の境界層に関して
前回、板の構造力学にも“境界層”の概念が存在する話を紹介した。ここでは、もう少し境界層のことについて話を続けてみたい。前話では、式(3)で定義される物理量が境界層に関係することを紹介したが、実は、この式には由来があって、元々の関係式は下のようになっている。
ここで、x,y は板面内に取られた座標軸変数、z は板厚方向の座標軸変数である。変数u,v はそれぞれx,y 軸方向の変位を表す。そうすれば、式(1)のωが表しているのは、弾性体の変形理論で歪とともに出てくる“回転”であることが理解できるはずだ。その回転量の板厚方向の変化率を表現しているのがΩである。しかし、その影響する範囲が境界層と呼ばれる狭い範囲なため、“局所的面内ねじり”と呼ばれているのである。
もちろん境界層は、板の周辺部すなわち境界付近だけの存在だが、詳細な分析調査によれば、境界条件のタイプによって、その影響度が違うという。前回、硬い単純支持(SS2)では、境界層が消える話をしたが、その反対、すなわち境界層の影響が大きくなる境界条件の一つを以下紹介したい。それは、非常に興味深いことに直感を裏切る自由辺の場合である。そのことの具体例を見るため、ここでは、3 辺固定1 辺自由の正方形薄板モデルを俎板に挙げることにする。
図1 の構造に対して、等分布荷重を載荷し、対称条件を利用したハーフモデル(図1の左半分)にFEM 解析を実施した結果が図2 である。なお、FEM メッシュは横×縦が10×20 としている。
まずグラフの表示について説明しておくと、薄板要素というのは、古典的な薄板理論であるキルヒホッフ理論を元に作成された薄板要素を使用した結果である。他の3 本の結果は、ミンドリン理論を元にして開発された厚板要素を使った結果である。ここでは、要素理論に差異を持つ3 種類の厚板要素を採用しているので、それぞれをA,B,C と名づけている。横軸の概略は、図1 にあるE-Eライン上で左端部から板中央へ向かった位置と考えてもいいが、正確には、2~10 の数字の意味はE-E ラインに接した要素の中心位置を意味している。前者、後者で、大きな差はない(但し、左端部では応力特異点となるので、違いがでるであろうが、それを議論しても意味が無い)。縦軸は、横せん断力Vx の値を示しているが、ここでは、薄板要素、厚板要素による分布状況の違いに注目しているので、単位についてあえて言及しないことを断っておく。
本構造モデルでは、t/L=0.001 と充分過ぎる薄板に設定している。それゆえ、せん断変形による影響があるとは考えられない。それなのに、図2 を見れば、薄板要素と厚板要素の結果に差異が生じている。それは、とりもなおさず境界層の影響が出ていると思われる。その証拠に、今度は、自由辺から充分離れた支持辺中央位置にあるC-C ライン上の横せん断力の結果を見てみると、図3 となっていることが分かる。
一目瞭然、薄板要素、厚板要素でほとんど結果が一致している。これが、極端な厚板モデルでなければ、板端部を除いて従来からよく使われて生きた薄板理論の実用分野での妥当性の所以である。
ついでだから言っておくことがある。図2 に戻っていただきたい。既に気づかれている読者もおられるだろうが、同じ厚板要素間でも、分布に差異があることである。本エッセイのどこかで話した記憶もあるが、FEM の板要素には、いまだパーフェクトな要素というものは出現しておらず、実用的に使われている流通FEM コードが搭載している板要素も例外ではない。
そして、過去開発されてきた厚板要素は、撓み、曲げモーメントまでは、メッシュ密度に対する収束性、要素の歪みに対する敏感性に多少の差異は残すものの、ほとんどの要素タイプでまあ良好な性能を持ち、結果の一致を見るのだが、横せん断力の結果については、あきらかな違いが出てくる傾向にある。特に、薄板構造に厚板要素を適用した場合である。換言すれば、どういう条件下でも精度良い横せん断力を出す厚板要素はいまだ開発されていないことを意味する1。ちなみに、図1 にある同じE-E ライン上のx 軸方向の曲げモーメントMx の分布を見れば、図4 になっていて、厚板同士で違いが見られない。
2016年4月記
- 断っておくが、ここでは、板要素の中でも一番ポピュラーな要素である低次要素を範囲とした話である。高次要素では、事情が変わってくるはずだ。 [↩]