FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第92話 設計者はソリッド要素で悩む

建設系の構造設計者には、設計判断の基準とする力学量が応力であるよりも断面力である方が馴染み易い、という方が多いのではないだろうか-単位幅の仮想断面で考える板構造の一般化応力も断面力として。

筆者の体験話だが、昔建築のベテラン構造設計者と打ち合わせをしていて、話が応力のことに及ぶと、「自分は応力という概念が分からない。応力値ではピンとこない」と言われことがある。この発言の背景には、構造設計者-ここでいう構造設計者とは建設分野の人たちを想定している-にとって、教育を受けた際の応用力学の教科書が梁構造物だけで埋められていたことと、社会に出て実務に携わった際、バイブル的存在となる設計仕様書が曲げモーメントを代表とする断面力で記載されている事情があるからだと思う。

構造部材が細い、薄いといった構造特性を持つ築造物を対象とする建設系の構造設計者では、伝統的に梁や板を主要部材とする構造解析が主流であった。ところが近年、コンクリート構造物への有限要素法(FEM)解析の普及が影響して、局部的な応力場も考察する機会が増えている。コンクリート構造物の場合、もはや“薄い”という特質が使えないケースも多々出てくることになり、ソリッド要素を使ったFEM解析を頼ることになる。

構造設計者とソリッドモデルですぐ思い出すのが、FEM解析の初心者ユーザーからの2つの質問内容だ。その一つは、「節点にモーメント荷重を掛けたのに解がゼロとなる」という内容、もう一つは、「曲げモーメントの値を見たいのだが、アウトプットにそれが出ていない」という内容である。後者の質問内容に関係した話題こそが、今回のテーマである。前者については、既に拙著エッセイが始まった初期の頃に記述してあるので(本エッセイ第12話)、関心ある読者はそちらを参照いただきたい。

 

さてソリッド要素というのは、その力学の拠り所にしているのが伝統的な弾性学の標準理論だから、扱う基本的物理量は当然歪や応力の6成分となる。したがってソリッド要素で埋められた全系モデルの構造解析では、そもそも曲げモーメントなんていう概念は存在しない。

梁や板の力学でいう曲げモーメントとは、断面形状が変形前後で平面を保持しているという仮定が設定可能であること、および曲げ変形により断面直交の繊維が伸び縮みする中で、全く伸び縮みしない箇所-いわゆる中立軸や中立面-の存在を必要としている。曲げモーメントの用語から“曲げ”を外した、単なるモーメントを定義するにしても、どの軸回りかというモーメント軸の存在を前提とする。任意に分布する3軸応力場であるソリッド要素モデルでは、これらの前提の存在が保証できないゆえ、曲げモーメントなんてものは存在しないわけである。

ところが、である。図1を見ていただきたい。

図1 箱桁断面の一部

図1 箱桁断面の一部

図1は、箱桁断面のサンプルを表示している。こういう構造の場合、桁軸方向やその横断面方向の曲げモーメントを知りたい場合、通常は板要素で構成した折れ板構造モデルで解析することも多いのだが、A領域のような隅角部での応力分布を知りたいといった場合では無力となる。詳細な応力分布を知るには、ソリッド要素の登場を願うことになるのだが、今度は、B領域の張り出し部のような明らかに曲げ変形が卓越する場所での曲げモーメントの値が消える、といったディレンマに陥ることになる。

以下は、こういうケースでも、Bのような場所で-構造物を部分的に眺めれば、床版構造とみなせる領域-応力値から曲げモーメントを求める方法を提示するものである。

今、図2のように床版構造の評価断面を考える(図ではx軸に直交する面)。さらに、その断面内で、曲げモーメントを求めようとする評価ラインを考える(図2のy軸のライン)。このとき、紙面奥行き方向に単位距離の幅を想定する。ここで考える曲げモーメントは(肉厚t×単位幅)の仮想断面での曲げモーメントMxである(板要素での曲げモーメント定義方法と同じ)。したがって、曲げモーメントMxを構成する要素はx軸方向の軸応力成分σxとなる。なお都合よく、全体座標系のX軸がここでいうx軸といつも一致しているとは限らないので、その場合は、全体座標系参照の応力に座標変換処理を施してあらかじめσxを求めておく必要がある。

図2 床版構造の応力分布

図2 床版構造の応力分布

さて、評価ライン上のσxが図2にあるような分布にあるとき、その分布から板構造の曲げモーメントを生み出す曲げ応力の分布(図2の赤字ライン)を求めることを考えてみる。それには、まず元のσxがどういう内容で構成されるか考えてみる。式(1-a)は、おおまかには、y軸方向に線形分布していると仮想した場合の式である。

92-a

上式右辺第一項が、純粋に曲げ変形に由来する応力であり(図2の赤字ラインに相当)、これが求まれば、後はy軸方向にσx の1次モーメントの積分計算を施して曲げモーメントMxが求まることになる。

同じく右辺第二項は、床版構造の拘束条件や載荷条件によっては生じる、肉厚方向に一定の軸方向の合応力(梁の軸力に相当)の元になる応力である。

第三項のσ3Dこそ、ソリッド要素ゆえ発生している応力であり、板要素には存在しないものである。図2では、少し極端に表示しているが、σ3Dの存在を直線ではない応力分布の形で表現している。しかし、床版構造では、この応力値は前二者に比較して小さい値であるはずだ。もし、この値が無視できないほどのものであれば、そもそも曲げモーメントを定義できるものではない。それで、式(1-a)を改めて書き直すと、次式となる。

92-b

εは小さいとして無視できることを前提に、後は、一次関数の係数aとbを決定できればいいわけだが、これは、統計処理で使用されている回帰分析の手法を利用すればいい。具体的には、図3を見ていただきたい。

図3 評価ライン上の離散応力値

図3 評価ライン上の離散応力値

FEM解析では、評価ライン上の応力値は当然、図2にあるような連続値で求まっているわけではなく、離散点での応力値である。図3のσi (i=1~n) は評価ライン上にある節点あるいは、評価ラインとメッシュラインとの交差点での応力値である。このσiを観測値とみなし、式(1-b)で求まる推定値との差の二乗和の式が次式となる。

92-c

誤差Erを最小化する常套手段である最小二乗法を使えば

92-d

が利用できるので、これを式(2)に適用すれば、式(3)が誘導できる。

92-e

式(3)の2元連立方程式を解けば、曲げモーメントが求まったのも同然である。もし、メッシュが肉厚方向で対称性を持つモデルならば、左辺係数マトリックスの非対角項がゼロになるので、a,bが単独で求まることになる。

曲げモーメントの値は、直線分布(図2での赤字ライン)を表現する σ = ay であることから次の積分式で求まる。

92-f

なお、ここで誘導した式は、あくまでも構造材料が肉厚方向には一定の場合であり、積層材のように変化する場合では、式(3)までに使用されている応力という用語を歪に置き換えればいい。かつ、この場合、もはや中立面が肉厚中心ではなくなる可能性もあるので、このときは、x軸の位置を軸歪 εx = 0 になる位置に設定して考える必要もあることを追記しておく。

2015年3月記

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