FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第34話 クランクとニコルソン

固体を対象とした時間依存の工学問題には1次系(1階時間微分)と2次系(2階時間微分)とがある。前者の代表が熱伝導問題であり、後者の代表が振動問題である。ここでは、前者の方の話題である。

針金のような1次元媒体上にある点熱源から温度が遠くへ伝わっていく現象を表す偏微分方程式は周知のように次式の形である。

34-a

34-b

これは拡散現象の方程式である。数学用語では放物型偏微分方程式という。ちなみに、振動の方は双曲型偏微分方程式という。放物型、双曲型というのは正式には係数の判別式から分類しているようだが、早い話、各微分項を変数 XY とみなすと、それぞれ放物線、双曲線の式と同型になるところからきている。他にもラプラス方程式は楕円型である。

話はそれるが、大気汚染のシミュレーションで使われる数理も拡散方程式である。遠い昔、筆者は大気汚染の数理に携わったことがある。その時、戦時下ドイツで開発された塩素爆弾の拡散の数理、すなわち、殺人用に開発された数理が戦後は人助けに利用されるという歴史の皮肉を痛感したものである。

閑話休題。熱伝導方程式の数値解析法の1つに“クランク・ニコルソンの陰解法”というのがある。時間微分を差分近似する一方法である。有限要素法プログラムでは時間項を有限要素法的に近似する手法も考えられるが、通常は差分近似することが多い。筆者もクランク・ニコルソンの陰解法を採用している。

クランク・ニコルソンの陰解法には2つの印象的なことがある。1つは、この数値解法の開発されたのが20世紀中葉という比較的最近ということである。数ある数値解析法を眺めてみれば、古くはニュートンの時代から新しいものでも19世紀までに開発されているものが多い中で、本法は珍しく新しいものである。もう1つは、一方の開発者であるニコルソン(Nicolson;英1917-1968)が応用数学者としては非常に珍しく女性であったことである。

クランク・ニコルソンの陰解法はもともと、クランク(Crank;英1916-)が木材の分解時に生じる発熱問題に適用したのが始まりのようである(九大藤野清次著、“数値計算の基礎”サイエンス社1998年より引用)。

コンクリート構造物の設計者にとって深刻な、水和熱による熱伝導問題解法の原点が木材にあったとは興味深い話である。

当時、熱伝導の数値解法としては、気象シミュレーションの分野で有名なリチャードソン(Richardson;英1881-1953)の考案したシンプルな解法があったが、計算に不安定な所があり、あまり使用されていなかったようだ。そういう時代にクランクはニコルソンと協同で熱伝導方程式の解法に努力したようである。

ニコルソンは最初の夫を列車事故で亡くす(殺人事件に巻き込まれたという話もある)という不幸を体験しており、自身も1968年51歳の若さで亡くなっている。

前話における問題の解答

第1問(イ)
ポアソン比の関係で棒を引っ張ると断面は横方向に縮み、圧縮すると横方向に膨らむことを連想すれば、おのずと理解できるはず。鉛直荷重のかかる桁では断面下側は桁軸方向に引張りが生じ、上側は圧縮が生じる。その結果イのような断面変形となる。
第2問(ウ)
梁理論を持ち出すまでもなく、梁構造のたわみはスパンが長くなればなるほど大きくなるのは直感的にも分かる。円弧曲線梁では当然、内側より外側の方がスパンが長くなる。
第3問(ウ)
1番の問題解答と同じく、梁は下側が伸びて上側は縮む。単なる重ね梁では上下の梁は独立に動く。したがって、上下の接触面では、上の梁は下側であるから伸びるが、下の梁は上側となり縮む。その結果、ウのようになる。すなわち、梁の平面保持は上下の梁それぞれ独立で成立している。
もし、接触面が固着されているならば、イのように上下が一体となった平面保持となる。
第4問(イ)
梁の断面には重心軸が交差する点や中立軸の交差する点、図心点といった各種の代表点がある。さらに、問題のような薄肉材で構成される梁の場合、曲げとねじりが連成してくるので、“せん断中心”といった重要な点もある。早い話が、せん断中心とは鉛直荷重の合力がこの点を通る限り断面のねじりは生じない“点”である。ただし、これは鉛直方向の変形問題に限っての話であって、梁の横倒れ座屈現象といった安定問題を考慮すると話は別である。
外力の載荷点とせん断中心との距離がある場合、モーメントの腕の長さのように長いほどトルク力がおおきくなり構造物にとって不利となる。
ところで、U 型断面のせん断中心は U 字の底の横線の外側に位置する。したがって、荷重点が変わらない限り、U 型は Π 型に比べて断然不利となる。
自動車のシャーシでこのタイプの構造材が使用されているが、隣接構造との接合位置を見れば納得するだろう。

2005年6月 記

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