FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第68話 機械系の常識、建設系の常識

有限要素法(FEM)が広範囲の分野で利用されている今日でも、機械系分野と建設系分野がその二大勢力-今では、活性度の点で前者が後者を大きく上回っている感もあるが-であることは論を待たないであろう。以下は、この両分野におけるFEM 文化について、偏見はないと思うが、独断は多少入っているかもしれない筆者の思いを披露してみたいと思う。

 

まずは、少し、日本におけるFEM の略史をたどってみる。敗戦国ゆえ、戦後しばらく日本にはFEM 誕生の母胎分野であった航空機産業がなかった。そういう特殊事情のため、日本での初期のFEM の牽引役は造船分野が担った。FEM の輸入時代であったさなか、独自のソルバーを開発したり、有用なテキストブックを出版したりしている。日本のFEM 史において、この分野が果たした役目は非常に大きかったと思う。

68-a

造船といえば、構造材のほとんどが鋼材である。したがって、その構造解析といえば、必然的に梁構造、板構造の力学が基本となる。これらの力学をやはり基本学問とするのが、橋梁部門を持つ土木分野である。橋梁の中でも特に鋼橋分野がそうである。昭和40 年代から50 年代にかけてが、梁/板構造を対象とするソルバーが多く開発され、また利用された時代であった。コンクリート橋にソリッド要素を採用してFEM 解析するのは、ずっと後年になってからである。

コンピューターを使った構造解析のカテゴリーで土木が栄光を担っていた時代は大型計算機(メインフレーム)の全盛時代とダブる。それを物語る一つの記憶が筆者にある。学園時代の昔、東大と京大それに阪大の計算センターにあった大型計算機を利用できたという環境が筆者にはあった。それぞれの計算センターでは、各部門のコンピューター使用実績の比較表が配布されており、それを閲覧していると、どの計算センターでも、土木が断トツであり、かろうじて原子力が2位についていた状況であった。同じ建設系でも、建築分野は、こと大型計算機の利用では影が薄かった1 。また、機械系ユーザー数が目立つ数字でなかったことも筆者の記憶の中にある。

ただし、当時の土木分野の構造解析に関しては一つ補足説明しておく必要がある。構造解析にコンピューターを多用していたといっても、それが全てFEMの利用を意味していたわけではない。今でこそ、FEMが他の数値解法を淘汰してしまった感になっているが、昭和40年代といえば、各種多様な構造解析の数値解法のプログラムが並立していた時代である。当時は、対象が骨組構造物であることが多かったこともあって、ソルバーの拠り所としている構造解析法には、FEM以外にも、伝統的な変位法の一種、“たわみ角法”があり、FEM同様、マトリックス法の一種だが、極めて小メモリで済んだ“伝達マトリックス法”もあった。また、同じFEMでも、現在主流の変位法ではなく、応力法のソルバーもあった。実に多様な時代で、それゆえ、土木分野がソフト開発面で活性化していた時代でもあった。

しかし、土木の栄光も技術計算が大型計算機に依存していた時代までであり、コンピューターのダウンサイジングが始まると、徐々に翳りをみせていった。そして、FEMが大衆化していくにつれ、その王座を機械系に譲ることになる。

68-b

大型計算機時代には、目立たなかった機械系のFEMユーザーが、ワークステーション、パソコンとコンピューターのダウンサイジングにつれて、増えていったのは、FEMソルバーやその前後を受け持つプリ/ポストプロセッサの市販ソフトが廉価になり、入手しやすくなったからである。市販ソフトが導入し易くなったのは土木でも事情が同じであるが、これにより機械系ユーザーが躍進したさらなる理由は、市販ソフトの導入によりソリッド要素を気楽に使えるようになったからであると筆者は思っている。

 

さて、略史はこれぐらいにして、FEMに関しての機械系と建設系での違いに話を移す。違いと言っても、非線形解析まで視野に入れると、それこそ両者で独特の解析内容が存在し、それらを比較対照しても意味がないので、ここでは、標準的な線形解析に限定する。大きな違いがある項目だけを挙げてみると、下の表にまとめられるのではないかと思う。

68-c

以下、上の1から5までについて少し補足解説してみよう。

1. 構造物の形状

細かい点は省いて、こと構造解析が対象とする、モデル化した構造物の複雑度は幾何学的スケーリングが一つの指標のように筆者は思うが、どうだろうか。

建設系が扱うスケールの大きい建造物は機能追及が第一優先であり、その構造面が平面で構成されることが多く、構造が比較的単純である。たまにある、曲面構造物も円筒形にとどまることが多い。

一方、デザイン性が優先される工業製品を多く持つ機械系では、曲面構造が多くなり構造が複雑になってくる。また、空間的制約を受けたり、性能面で効率性が追求される機械部品でもやはり構造が複雑となる傾向にある。いずれも小スケールの構造物である。

上のことは、ソリッドモデルを想定しての話だが、視点をサーフェースモデルに移すと、差は歴然となる。この構造モデルでは自由曲面が多発してくるからである。建設系では、自由曲面を持ったサーフェースモデルはほとんどない。建築構造物の方に、自由曲面的な形状を持つ膜構造物もあるにはあるが、これらの構造解析では非線形解析を必要とするものである。

2. メッシュ生成法/3. 主ソリッド要素

メッシュの生成法およびそれにより作成される要素タイプは、言うまでもなく、1の構造物の形状に大きく左右される。

ソリッドモデルでいえば、機械系の多用要素は四面体要素(Tetra要素)であろう。これは、設計業務の中核に3次元CADの存在があり、それを活かす応用面の一つ、FEMのオートメッシュ法が安定化したことである。万能性、確実性を考えると、現在のオートメッシュ技術では、四面体要素しか期待できないため、多くのユーザーがそれを使用しているのである。

ここで、少しソリッド要素のタイプについて余談をしてみる。FEMが工学部門で利用されだした初期のころは、ソリッド要素といえば、要素開発の容易さから、四面体要素がほとんどであった。このことは、当時の文献、書籍で計算例に引用されているモデル図を見れば一目瞭然である。

その後、現在、市販ソルバーでの主流要素となっているアイソパラメトリック要素が開発され、特に精度の良さから六面体要素(Hexa要素)が多用される時代を迎える。

ところが、皮肉なことに、六面体要素の躍進が機械系のFEMユーザーを悩ますことになる。この要素でモデル全体を覆い尽くすには、モデル形状が複雑なため、作業コストの負担がかかり過ぎるのである。これに関しては、筆者も痛烈な体験がある。20数年も昔、自動車エンジンのピストン/シリンダー部のメッシュ分割で、正統法であるマッピング法を駆使して六面体要素を生成していたら1月近くかかったことがある。日々の業務でFEMを多用する実務家たちが、プリ処理でこんなことは許されないだろう。

68-d

そこで、四面体要素を発生するオートメッシュ法の登場となる。もちろん、オートメッシュで六面体要素を生成できれば、それが理想的なのだが、実際的には限られた範囲でないと成功していないため、現在では限定的範囲にとどまっているはずだ。

だが、四面体要素には、やや深刻な弱点がある。六面体要素に比べると解析精度が悪いのである。4節点のみの面体要素では技術者の期待を裏切る結果もしばしばである。そこで、通常は節点数が多くなるのを覚悟して、中間節点を持つ高次の四面体要素を使用しているわけである。

ところで、最近のFEM解析例に目やると、やたらとオートメッシュを使用した四面体のメッシュ図が目につく。何もオートメッシュの出番を願わなくてもいいような簡単なモデル形状にでも利用していることが多い。

FEMに長く携わってきた筆者には、これが非常に気にかかる。本エッセイ第54話でも言ったように、FEMにはメッシュ依存症という持病がある。無理もない複雑な形状の場合は別にして、それ以外では、なるべく六面体要素を適用した、きれいなメッシュを生成してほしいものだ。

かの有名な物理学者シュレーディンガーの弁だったと記憶するが、彼は“自然界の支配方程式の姿はきれいでなくてはならない”と言っている。その論調を借りれば、“FEMのメッシュはきれいであるべきだ”。これはちょっと、牽強付会の説かな?

4. 荷重条件

メッシュでは、機械系にくらべて随分、有利だった建設系も、荷重のデータ作成では、煩雑な条件設定が待ち構えていて、ユーザーを悩ますことが多い。これは、機械的荷重を考慮する機械系と違って、建設系では、風荷重、雪荷重、地震荷重、水圧/土圧荷重といった自然相手の荷重を対象としなければならないからである。さらに、それらを組み合わせた複数の荷重ケースを準備することが各構造物部門の設計仕様書で要求されているため、メッシュ作業に負けず劣らずのレベルで荷重作成の作業が発生する。

68-e

機械系にも、遠心力荷重といったこの分野独特の荷重もあるが、この荷重は、実際にはソルバーが内部で生成するものだから、ユーザーの負担にならない。このように、機械系での荷重データは、通常、プリプロセッサやソルバーが用意した機能範囲で準備できるのに対し、建設系では、上で紹介した荷重条件の中には、市販の汎用ソフトでは対処できないこともある。さらに、輪荷重といった移動荷重や、コンクリート内に配置される緊張ケーブルによる腹圧荷重といった特殊な荷重では、それ専用の処理をするプログラムも必要となり、いわば、一般プリプロセッサの前の荷重プリプロセッサが必要というわけだ。

5. 評価物理量

機械系も建設系も、ソリッドモデルでは、解析結果の評価は応力値で判断する点は共通しているだろう。板要素やシェル要素を使用するサーフェースモデルでは、分かれるかもしれない。というのは、建設系では、まず断面力(一般化応力)を使用することが間違いないからである。

伝統的に骨組構造物を対象とすることが多く、断面力を思考対象とすることが浸透してしまっている建設系ユーザーは、応力という概念を嫌う傾向にある。第一、構造設計の拠り所とする設計仕様書内の各種閾値には断面力が採用されている。そのため、本来ソリッドモデルで解析すべき問題にでも、断面力ほしさにサーフェースモデルにしてしまうユーザーもいるものだ。

2009年盛夏記

  1. この当時、建築界ではパソコンOSのMS-DOSで開発されていた小型のプログラムが多く使われていた []

Advertisement

コメントを残す

ページ上部へ