FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第54話 CAE にモノ申す

日本で CAE(Computer Aided Engineering)という言葉が使われ出したのは、エンジニアリング分野での使用コンピューターがまだ大型汎用機であった時代の末期だったと記憶する。今では、機械系エンジニアの世界ではすっかり定着している言葉だろう。面白いことに、建設系エンジニアの世界では、この言葉はそれほど通用しない。両者の解析文化の違いは、1つの興味深い話題にもなるはずだが、その話は別の機会に譲りたい。

さて、筆者は昨秋、個人的事情から有限要素法解析の現場の第一線を退くことになった。今後の仕事人生は執筆活動に専念して、ホームページ上で掲載してきた“ちょっといい話”のこぼれ話でも書いてみようかと考えていた。

ところが、新年早々、CAE に対して穏やかならざる文章を書くはめになるとは思いもよらなかった。それというのも、昨年(2008年)の師走、書店で立ち読みした CAE の啓蒙書の内容に疑問を持たざるを得なかったからである。その事については後で述べる。

CAE を先刻ご承知の方にはくどくなって申し訳ないが、言葉の意味に不案内の方もおられるだろうから、あえて説明しておくことにする。

CAE と一口に言っても、2つの意味がある。ひとつは、計画から製作までの製品開発サイクルをいかに効率よく、いかにスピーディーに行うかという設計コンセプトに関する包括的概念であり、これは広い意味での CAE である。

もうひとつは、広義 CAE の構成分野の1つで、CAD によるモデリングを受けて、メッシュ作成から始まり応力/変形解析を通じて解析評価に至る一連の構造解析システムのことだ。これが、狭い意味での CAE である。狭義 CAE の中核システムが俗にソルバーと呼ばれている有限要素法解析プログラムである(正確に言えば、有限要素法だけとは限らないが)。

筆者がここで問題提起しようとしているのは、後者の狭義 CAE の方である。さらに狭く、ソルバーに絡む話題なので、ここでは CAE と有限要素法解析を同義語と思ってお読みいただきたい。

有限要素法を一言で言ってしまえば、数値解析法の一つに過ぎない。弾性体の応力場を表現する偏微分方程式を解くために、対象を物理的考察で離散化モデルに代替した数値解法なのである。他の数値解法に比べると、汎用性が広い数値解析法であるため、たぶん工学分野で一番人気の数値解析法であろう。

でも、やはり数値解析に変わりはないので、幾多の数値解析同様、適用範囲もあれば、制限もあり、使用ノウハウまで存在する。さらには有限要素法の性能が純粋に数学的に依存しているのではなく、かなり経験工学的知識にも依存している事実もある。CAE ユーザーが、真っ先に認識しておくべきことがこれらのことである。

筆者が今、一番気になっているのが、CAE の中でツールとして利用されているソルバーのことである。雑誌等に掲載されている CAE の特集記事を見ていると、もはや有限要素法解析は解析専門家の手を離れて、一般設計者が手軽に利用するツールになったかのように書いてある。しかし、これは言い過ぎであろろう。よほどのワンパターン業務でもない限り、一般設計者が電卓的操作で使用できるほどの完成度と安定性を現在の有限要素法は持っていない。

有限要素法といえば、昔、解析者はモデリングからアウトプットの評価まで慎重に処理していた。今は、誰しもがパソコン上で手軽に市販のソルバーを使用できる、有限要素法が大衆化した時代となった。それゆえ、あたかも、有限要素法が既に完成された技術理論だと錯覚している人がいるが、これは、とんでもない誤解である。

反論が出るのを恐れず言わせてもらえば、コンピューターの発展とともに大きく前進したのは、ソルバーの前後を受け持つプリ/ポストプロセッサであり、ソルバーの拠り所である有限要素法そのものに本質的ブレクスルーはなかったということだ。

もちろん、有限要素法にも進歩はあった。解析精度を上げる要素開発や、有限要素法の弱点を補う新要素の開発がそうである。しかし、依然として、メッシュ依存症の持病があり、利用に際しては弾性学の予備知識も必須である。解析分野に疎い設計者が安心して利用できる設計ツールとしての資格を現在のソルバーは持っているのかといえば、持っていないと筆者は断言できる。

次に、ソルバーを利用するユーザー側の話に移りたい。

パソコンに3次元 CAD、それにオートメッシュ機能という、“三種の神器”のようなものが揃ったものだから、CAE の旗振りの下、メッシュさえ張れば終わりと思っておられる設計者も多いと想像する。実際、筆者が以前、多く顧客訪問した中での体験からでも容易に結論できることである。もし、それで済むなら、構造解析に少しでも携わる人間にとっては、夢のような話となってしまう。大学で煩わしい材料力学や弾性学を履修しなくても、誰でも CAE システムの操作さえ覚えれば、構造解析ができることになる。こうなると、こと応用力学に関しては、その講座が工学部から消えることになる。

しかし、現実はそんなに甘くはない。メッシュ密度を始め、メッシュの歪み等、有限要素法がどうしようもなくメッシュ依存症であること、また、使用する要素タイプで精度が左右されることなども知る必要がある。多くのオートメッシャーが生成している要素である四面体要素では対応が取れない問題もあることを認識する必要がある。よく見かけるシーンとして、何もオートメッシュを使う必要もないケースにまで機械的に利用していることが多々あり、これには筆者は首を傾げたくもなる。

さて、ここで留保していた冒頭の書籍の内容について話すことにする。その書籍の中では、V 字型の切り欠きを持つ構造モデルに対してのメッシュ張りについての記述があった。設計者が一番知りたい V 字の底の応力集中部について、密度の高いメッシュ張りを勧めている。ご丁寧に、メッシュの高密度とともに応力値が収束しているグラフ図まで記載してあった。しかし、この記述は間違っているのである。

一般に周辺部の条件が急激に変化する不連続点では、残念ながら正確な応力値は求まらないと心得るべきである。これは、何も有限要素法の問題点というわけではなく、それ以前の問題である。応力場の特異点と言って、そもそも解析的にも数値的にも応力値は求まらない点なのである。構造線や構造面が鋭く交差する点もこの例外ではない。実際に実行してみれば理解できるはずだが、こういう構造モデルに有限要素法を適用して、どんどんメッシュ密度を高めていくと、応力値がどんどん増加していき一向に収束することがない。

このような解析の場合、実際の構造物でもそうであるように V 字の底に R を入れてメッシュを張ったりするのだが、これで解決する問題もあれば、できないケースもあることを覚悟する必要がある。

有限要素法にも限界があることを知る必要のある CAE ユーザーが、こういった記述内容を真に受けて、高密度のメッシュさえ張ればいいと楽観視してしまうことを筆者は恐れる。

はっきり言えば、有限要素法を使用するには、解析リテラシーといったものを身につける勉強が必要である。操作法さえ覚えれば大方片が付く隣接分野の CAD とはそこが違う。有限要素法自身の学習も必要であれば、材料力学、弾性学の知識があることを前提としているのである。

おそらく、パソコン上で初めて有限要素法を体験した設計者の中には、有限要素法の知識を市販ソルバーのマニュアルから得ている人が多いと推測する。これでは、皮相的知識しか得られず、理論的背景を持たずにソルバーを使用するものだから、トラブル時に自分で対処できないという経験を持ったユーザーも多いことだろう。
筆者が有限要素法に初めて接した頃、「有限要素法というのは、自分でプログラミングし、それをラニングして初めて理解できるものだ」と言われたものだ。現在(2009年当時)、55歳ぐらい以上の技術者、元技術者の人たちの中には有限要素法をはじめ、各種の構造解析手法に造詣の深い人がおられるが、彼らは日本の設計現場でもプログラム開発されていた時代のエンジニアだったのである。

だからと言って、筆者は若い CAE ユーザーにプログラム開発を勧めるつもりは毛頭ない。大学の先生ですら、外部から市販ソフトを導入する時代である。いまさら復古主義を唱えても仕方ないことである。新しい時代には、新しい勉強法があるはずである。

筆者が勧める有限要素法の勉強法は、手元にあるソルバーを実務だけに利用するのではなく、自分の学習用にどしどし利用するという学習法だ。市販ソルバーのユーザーの傾向として、「このときは、どうなるの」というタイプの質問をソフトベンダー側に投げかけてくることをよく見かける。こういうときは、処理時間がかかる問題でもない限り、まず自分でそれを実行してみることだ。理論的知識抜きの勉強法は、体験を積み重ねることが一番の勉強法だと思う。極論すれば、ソルバーを解析のオモチャとして使うのである。

できたら、材料力学の範囲を超えた、実験解や解析解の分かっている弾性学の問題を、ソルバーを使って比較検証してみることだ。このとき、境界条件を変えたり、要素タイプを変えたりすることも学習の向上につながるはずである。昔に比べて、今は夢のような解析環境にあるのだから、ソルバーを実務利用に終わらすのではなく、学習道具で利用することを是非お勧めする。

もう一つ言わせてほしい。CAE ユーザーには、弾性学の知識も必要ということである。工学部の4年間で応用力学系の講義を受けてきた技術者でも、その修得知識は梁理論に終始する材料力学の範囲までのはず。この背景には、大学での応用力学講義の枠内に弾性学まで教える時間的余裕がないという教育機関側の事情もあるようだ。したがって、多くのCAE ユーザーは有限要素法に接して初めて、板/シェルの力学、連続体の力学に出くわし、戸惑ったり、頓珍漢をやらかしたりするのである。

弾性学の知識が必要と言っても、社会人になってまで、弾性問題の解析式を誘導、展開していくことには抵抗があるだろう。しかも、この分野の解析には数学の高等関数の知識が必要な場面も多々あるのでなおさらだ。しかし、CAE ユーザーは弾性学の参考書をざっと見る必要はあるだろうが、解の誘導過程まで追う必要はない、と筆者は思う。弾性学の成果を自分の引き出しに入れてさえおけばいいと思う。そして、なるべく引き出しの数を多くすることである。

筆者はここで、CAE ユーザーには有限要素法の勉強に加えて、弾性学の知識も必要と言ったが、実はもっと大事なことがあるのだ。それは知的好奇心を持つことである。知的好奇心こそ、有限要素法解析修得の重要ファクターだと筆者は確信をもって言える。好奇心旺盛なユーザーは、この場合はどうだ、あの場合はどうだと、いろいろチャレンジするものだから、その結果、解析技術の上達が早い。会社の仕事だから仕方なく、いやいやソルバーを使用している人は、おそらく、いつまでたっても駄目であろう。

以上、老人の戯言のように長々と話してきたが、有限要素法技術があたかも完成技術と錯覚視したかのように、機械的に処理する安直 CAE というものに筆者は常々、疑問視しているからである。有限要素法プログラムを開発してきた人間として、現在のソルバーが過信されている実情を憂えているわけである。そこへ、先に述べた CAE 啓蒙書の記述を見つけたものだから、ますます CAE の安直化が助長されると心配して、思わず筆を執った次第である。

60回目の正月を迎えた年(2009年正月)

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