FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第53話 メッシュ依存症

設計者の多くが気軽にパソコン上で有限要素法プログラムを起動できるようになった、この大衆化した有限要素法の時代では、つい、有限要素法がどうしようもなく“メッシュ依存症”であることを忘れがちである。ここでいうメッシュ依存症とは、メッシュ密度のことはもちろん、メッシュの歪み、使用する要素タイプに有限要素法の解が依存していることをいう。メッシュ依存症から逃れている要素といえば、構成節点が2節点のトラス要素と梁要素ぐらいである1 。もっとも、梁要素に相当する構造部材で構成される骨組構造の構造計算は、有限要素法の登場以前から存在している変形法が利用されてきた伝統があるから、これらの要素を有限要素法の範疇で考えるのは議論の分かれるところかもしれない。しかし、ここでは一応、数ある有限要素群の中のメンバーとして捉えたい。

建築業界には、構造計算プログラムの認定制度というものがある。某機関のお墨付きをもらった計算プログラムでないと設計者が構造計算に利用することができない。こういった制度の適用が馴染みにくい科学技術計算の世界にあって、これを可能としている背景には、建築構造での1次設計の対象が骨組(スケルトン)構造であるからである。誰がモデリングしても入力ミスをしない限り、同じ結果が出ることが保証されるからである。メッシュ密度に関して言えば、特別の事情が無い限り、格点間を細分割する必要はない。すなわち、骨組み構造の計算精度はメッシュ密度に依存しない。もし、構造モデルの計算精度がメッシュ密度に依存したりすれば、計算結果に不都合が生じた場合、プログラムが悪いのか、モデリングが悪いのか判断することが困難となり、これではプログラム認定制度が成り立たない。事実、建築界でも壁、床の構造計算に利用される平板要素を使用した有限要素法プログラムの認定制度はないと聞く。

以下、メッシュ密度に関しての話題に限定して話を続ける。

ここで、1つ、ごく簡単な具体例を挙げてみる。等分布荷重が載荷された両端固定梁の問題を考える。図53-1にある固定端 AB)とスパン中央点 C での曲げモーメントの値はよく知れた次式の通りである。

図53‒1 両端固定梁

図53‒1 両端固定梁

53-a

ここで、L=10、p=1として、有限要素法プログラムの梁要素(断面:幅2×高さ1)を使用して計算してみると、スパンを2分割、すなわち2要素の計算で、理論解

53-b

の値を得る。

2要素で解が既に理論解となっているので、この値はスパンをさらに細かく分割してみても結果が同じで意味が無い。ちなみに、この構造を1要素でモデル化してしまうと、両端固定のため、構造全系から自由度が全くなくなり、対象計算が消滅して不都合となるが、もし、単純支持の場合だと、1要素で済んでしまう。

次に、この問題を同断面の板要素を使って計算した結果が下の表にある通りである。

53-c

相対誤差というのは、梁の理論解と比較した相対誤差である。梁要素と違って、板要素では、解がメッシュ密度に依存していることが分かる。なお、板要素の場合、定式化の違いによる要素タイプがいくつもあり、それぞれで収束状況は違うだろうが、解がメッシュ密度に依存することは共通の事実である。この小さな表からでも、有限要素法の宿命が読み取れる。すなわち、

  • 疎メッシュでは、精度よい解は得られない。
  • どの程度のメッシュ密度にすればいいのかの判断が難しい。

特に、2のことが有限要素法のユーザを大いに悩ますことになる。この問題は、共通的な標準概念というものがなく、個別問題ごとに判断せざるを得ないものである。しかも、判断するといっても、誰しも明確な判断基準を持っているわけではなく、技術者の経験と勘に頼っているのが現状であろう。

精度よい結果を得ているかどうかの判定には、上の表のように解の収束状況を見る必要があり、そのためには、1つの対象構造物に対してメッシュ密度を変えた最低3モデルぐらいを準備することになる。しかも、これで済むのは許容誤差内に収束していればの話で、もし収束していなければ、さらなるメッシュモデルを必要とする。

しかし、実務の現場で、こんなことは許されることではない。それで、いわゆる、エンジニアリング・ジャッジ2 という伝家の宝刀を抜いて、1モデリングで済ましているというのが実情である。この伝統(?)が長く続くと、冒頭で言ったように、つい、有限要素法がメッシュ依存症であることを忘れがちになる。有限要素法のユーザは、解を得るたびに、このことを思い出してほしい。

機械設計の分野では、CAE の名の下、有限要素法が設計ツールとして利用されている。しかし、構造解析の専門家の手を離れて、一般設計者が、ツールと呼ぶには、上で言ったことから分かるとおり、やや危険を持ったツールでもある。安心な設計ツールとなるには、有限要素法そのものがメッシュ依存症を克服したものになるか、ユーザがそれを意識しなくてもいい手立てがプログラム内部で構築されることが必要である。

後者について言えば、誤差制御をするアダプティブメッシュとオートメッシュの結合、既に、市販コードとなっている P 法の有限要素法、さらに、ハイアラーキー要素を使った有限要素法などが期待をもたせてくれる。だが、これらが、現在の標準有限要素法プログラムの使用レベルまでに肩を並べるには、まだ、時間が必要であろう。ハード面に限っても、現在のパソコンの数倍のスピード能力が必要であろう。

2009年1月 記

  1. 厳密に言えば、梁要素には3節点以上を持つアイソビーム要素というタイプの要素もあるが、この要素は特殊な要素であり、標準的な梁要素といえば、端部のみに節点を持つ梁要素である。 []
  2. メッシュ技術に関するエンジニアリング・ジャッジには、逆の意味のそれもある。有限要素法を使用した構造解析では、充分なメッシュさえ張れば、問題無しかといえば、そんなことはない。メッシュ密度の増加とともに、解が発散していくケースがある。局部的に応力がピークになる、いわゆる応力集中問題である。こちらの方は、材料力学の範囲を超えた弾性学の深い知識を必要とし、場合によっては、有限要素法の限界を示す問題の深刻さもある。 []

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