第101話 厚板要素物語 その2- 板厚について
板要素にとって板厚は非常に重要なパラメータである。今回は、その板厚について論じてみたい。ただ、板厚そのものを取り上げても普遍的な話はできないゆえに、平板の代表的寸法であるスパンL に対する板厚t の比t/L をもって、以下板厚パラメータとするので、読者はそのことを忘れないでほしい。
t/L は板要素の開発者にとっても、板要素の利用者にとっても無頓着におれない事情がある。しかも、Low≦t/L≦Upp なる関係式を記述するとき、下限値Lowにも上限値Uppにも無頓着でおられない。開発者はLow 側で、利用者はUpp 側で刮目すべき事情がある。
Low 側については、前回少しではあるが既に話した。成功に見えた板要素も、t/L が小さい薄板に適用して、シアーロッキングの壁に跳ね返され、死屍累々のFEM 厚板要素の開発歴史があったことを紹介した。本話では、板要素のユーザー向けに注意を喚起する意味で、Upp 側の話に注目してみたい。
まず、言葉の定義を明確にしておく必要がある。古典的板理論であるキルヒホッフ理論をベースにした板が薄板と呼称されるのは周知の事実だが、このキルヒホッフ理論を修正して、横せん断力効果を導入した理論がライスナー理論であり、ミンドリン理論である。FEM の世界では、通常ミンドリン理論をベースに開発されたミンドリン要素を厚板要素として採用しているが、厚板理論は何もミンドリン理論(あるいはライスナー理論)だけではない。実はミンドリン理論は厚板理論の中では、最低次の近似理論なのである。それは、平面保持の仮定で分かる通り、断面の法線方向変位を板厚方向座標z の1 次関数とした理論だからである。z の2 次関数、3 次関数と仮定する厚板高次理論もあるのである。それゆえ、一口に厚板と言っても、それは何もミンドリン板だけを指す訳ではないのである。それを承知してもらった上で、あえてFEM の世界で、厚板と言えば、それはミンドリン板を指すことは暗黙の了解として認めてもいいと思う。
しかし、高次理論の存在が示すように、Upp 側に限界があることは大いに認識しなければいけない。変位や応力の分布を線形分布とみなすことが出来るt/Lの上限があるのである。上限を超えると、ミンドリン板で仮定されている横せん断力一定の仮定も崩壊してしまう。
そんなことで、ミンドリン板が採用されているFEM の世界では、厚板という言葉を使うとき、丁寧なドキュメント類では“中等厚板”という用語を使用している。これは、英語の文書での“Moderately Thick Plate”に相当する用語である。
ところで、FEM における板要素の使用状況を見ていると、上の限界を全く無視しているというか、その存在すら理解していない状況を散見する。t/L というパラメータを使うのもためらわれるような構造系で板要素を適用している能天気ユーザーがいる。ひどい場合、t/L=1.0 前後となるような構造に板要素を適用するという、とんでもないモデリングをしているユーザーもいる。
こういうBad なモデリングは何も板要素の話に限らない。梁要素の適用でも頻発していることは想像に難くない。本エッセイ第63 話でも指摘したように、梁要素や板要素のような構造要素は、線や面というスケルトン表現なため、たとえ異常データであっても視覚に訴えないのが原因の一つと筆者はかねがね思っているが、どうであろうか。
そうしたら、FEM で使用されているミンドリン板のUpp の値はいかほどなのだという疑問が湧く。しかし、この問題への回答は、明確なしきい値といったものが無いため経験則からしか言えないものだ。ミンドリン板の要素開発をテーマにした各種文献での数値解析報告例、厚板の高次理論アプローチの文献での級数解による解析解の報告例を見て総合判断すれば、筆者は、ミンドリン板の板厚パラメータの上限値として下の値を推奨したいと思う。
- ■できたら
- t/L ≦ 0.1
- ■大目に見て
- t/L ≦ 0.2
次に、上の限界値を越えたミンドリン板の適用が、いかに問題かを示す例として全面等分布荷重が掛かるt/L=0.5 という非常に高厚となる正方形板の解析例2つを紹介する。一つは、周辺単純支持板での端面の変形状態を、もう一つは、周辺固定板の対辺中央位置を結ぶ横断面(但し、端部から板中央位置まで)での主応力図を描いている。なお、両モデルの結果とも、対称条件を利用した1/4 モデルにソリッド要素を採用したFEM 解析結果である。
図1 を見て分かるのは、横断面の各層の変位はかなり彎曲してしまっており、板のような中央面を中心とした断面回転では表されないことである。このことは、板の高次理論を使って級数解法で数値解析された報告とも一致している。さらに言えば、圧縮側の構造表面と引張側のそれにおける横変位に差異が生じており、板のような中立面を境に表裏面で逆対称の分布とはなっていない。なお、図1 では、AB ラインの中間点が支持点位置なため、横方向の変位が出ていないが、少し内部に入った位置だと、構造中央面位置でも横方向に伸縮している現象が見て取れる。
図2 を見て、即判明するのは、板でいう曲げモーメントMx の源泉である応力σxの方向が、一部を除いてほとんどの領域でx 軸方向を向いていない。これでは、お世辞にも板の各層で平面応力状態になっているとは言えない。逆に、上面に掛かる荷重の影響で、本来無視すべき応力σxが幅を利かしてしまっている。各層で主軸方向がずれている現象は、もはや横せん断応力τxzもかなり変化している証左である。
今一度、FEM の板要素で使われているミンドリン板の仮定を思い起こしてみると、次の通りである。
- 変形後の横断面は平面を保持している
- 中立面に平行な面で平面応力状態を想定する
- 面外の曲げ力学では、中立面の伸縮はない
- 板厚方向の応力成分は無視できる
- 板厚方向の伸縮はない
- 横せん断応力は板厚方向で一定とする
図1、図2 の結果が示すようにt/L=0.5 というような厚板では、上の仮定をことごとく逸脱しているのである(5 については上では言及できなかったが、実際、伸縮していることが確認できる)。
コンクリート構造物の構造解析にFEM 解析を利用するユーザーは、ソリッド要素モデルでは曲げモーメント等の断面力が得られないという理由で、あえて板要素モデルで代替する場面を多々見受けるが、くれぐれもt/L の暗黙の上限値を忘れないようにしていただきたい。
さて、これで今回の話を終えてもいいのだが、最後に興味深いおまけの話をして終りとする。
本話ではt/L の上限値の話題を対象としてきたが、それでは、逆の下限値の方は限界がないのか、という疑問が湧くはずである。結論を言えば、10-3でも10-4でも大丈夫である。たぶん10-5でも大丈夫だろう。それでは、底無しかと言えば、残念ながらそうではなく、やはり下限値はある。しかし、それは、上限値とは違う意味での下限値である。
図3 を見ていただきたい。このグラフは、等分布荷重が掛かる周辺固定板のスパン中央での撓み値を、t/L=1.0E-3 からt/L=1.0E-8 という薄板理論が充分有効な範囲に関して、キルヒホッフ板の解に対するミンドリン板の解の比を描いたものである。但し、グラフでは、横軸を正値にする都合上、t/L の逆数表示している。
横軸の値が7 あたりから突如として異常な数値を示していることが分かるだろう。要するに、この辺りの数値であるt/L=1.0E-7 が限界ということである。この現象は、物理的理由である上限値と違って、全くの数値計算上の限界なのである。t/L の二乗倍の差があるせん断剛性と曲げ剛性の違いが、有限桁の計算の宿命で、剛性マトリックス内の項で情報落ちしてしまうからである。しかしこれは、通常の解析範囲を超えた極端な話であり、板要素ユーザーは、Low 側の心配は不要であろう。
2016年2月記