FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第96話 アーチの数理 その3 – 削除された文章

前回、前々回と放物線アーチについて長々と述べてきたが、いよいよ、本シリーズの冒頭部で紹介したツェンキーヴィッツ著の書籍で見た記述について話す段になった。しかし、ツェンキーヴィッツの名が出たところで、ちょっと雑談するのをお許しねがいたい。

前々回、ツェンキーヴィッツ著のFEM 啓蒙書の第7 版が出版されていると言ったが(2013年刊行と記載したが、原書を見る限り2014年となっている?)、これが彼の名が入る最後の本となったようである。ツェンキーヴィッツは2009年、故人となっている。1921年生まれというから享年88 歳であった。第7版は彼の生前ぎりぎりの段階で準備されていたとのことである。

同じようなことが最近日本でも起きた。日本でのFEM 黎明期の功労者であった川井忠彦先生の名が入った本が一月ほど前に出版されたが、既に川井先生は昨年亡くなられている。川井先生は日本のFEM 輸入時期に、多くの本を通じて啓蒙活動に随分活躍された先生であるが、後半生は流通FEM コードの全てが変位型解法に偏重していることに危惧を持たれていた。川井先生の晩年の短い一時期、筆者は先生の謦咳に接する幸運を持ったことがあるのだが、その折でもこの問題を嘆かれていたことを記憶している。その思いを込めた遺作がこの本1 ではなかろうか。

 

さて、本論に戻る。問題の記憶を呼び戻すため、ツェンキーヴィッツ書にあった、その記述文を再記すると、

 

「アーチ構造物に掛かる荷重が分布荷重である場合、FEM では、荷重の入力にそのまま分布荷重で指定すれば実状に合わない結果を示す」

 

と言っている。そこで、ユーザーが予め節点集中荷重に置き換えてから載荷することを勧める内容であった。

ここで表1を見ていただきたい。これは、スパンL=10、ライズf=1 のアーチを想定し、FEM の梁要素(2節点の直線要素)で10 分割した解析モデルである。断面は、前回の最後で登場してもらった単位幅の矩形断面を採用し、その梁高d の3 種について、分布荷重と集中荷重でFEM 解析したアーチクラウン部の曲げモーメントMcが表の値である。梁高の低い梁断面を採用している理由は後ほど分かる。

96-1

 

表1 放物線アーチのクラウン部の曲げモーメンMc

表1 放物線アーチのクラウン部の曲げモーメン

 

上表を見る限り、なるほど理論(公式)解に比べて集中荷重の結果はほぼ妥当な解を得ているが、ツェンキーヴィッツ著書が指摘する通り分布荷重の場合は問題ありである。

通常の梁要素でアーチ構造をモデル化した際の問題点は、次の2つが考えられる。

  1. 曲線を折れ線近似していることからくる誤差
  2. 梁要素に掛かる分布荷重から要素両端の等価節点力を求める際、モーメントも発生させてしまう

ツェンキーヴィッツ著書の訳注では、やや曖昧な記述なのだが、分布荷重で合わない理由を、上の2だと言っているのである。たしかに荷重として節点にモーメント荷重が掛かれば、それと釣り合いをとるために梁材端には曲げモーメントが発生せざるをえない訳である。曲げモーメントが主役である通常の直梁の場合と違って、それが2 次的断面力となるアーチに荷重としてモーメントが掛かると、実状に合わなくなることが推測される。

なお、表1にある備考欄の数値は、分布荷重の結果が、符号反転まできたしているので、理由1からの回避を考えて、更に再分割した20要素モデルで解析した結果である。だが、符号反転は逃れても結果の改善は見られない。

次に表2 をご覧いただきたい。今度は、円弧アーチを採り上げる。その理由を述べる前に、読者は、今考えているアーチ形状が放物線であることに加えて、荷重条件のことを思い出していただきたい。それは、本シリーズの初回で断っておいた図1(b)の水平方向に分布した荷重であった。後で板要素の結果を引用するのだが、板要素の場合、この分布荷重では、そのまま載荷指定しづらく、予め節点荷重に置き換えることにもなる。それでは、板要素での分布荷重と集中荷重の比較ができないことになる。

そんなことで、今度は、両要素タイプで比較作業が容易となる円弧アーチに圧力荷重(本シリーズ初回で記述している図1(c)のタイプ)を掛ける場合を考察することにする。その結果が表2 である。

 

表2 外圧の掛かる円弧アーチのクラウン部の曲げモーメントMc

表2 外圧の掛かる円弧アーチのクラウン部の曲げモーメントM<sub>c</sub>

 

表1と違って、アーチ曲線をFEM 要素でモデル化した際の要素数を2種掲載しているのは、この解析モデルでは、折れ線近似の影響が大きく、粗メッシュでは集中荷重でも正解からずれるためである。ここでも、やはりツェンキーヴィッツ著書の見解の妥当性がうかがえる。

 

次に上で考えた円弧アーチをFEMの板要素でモデル化することを考えてみる。梁要素の矩形断面をそのまま板断面と考えればよい訳である。梁要素との比較のため、ここでは、ポアソン比をゼロと設定している。その結果が表3 の数値だ。

この解析では、要素数は10要素で充分であることも判明している。

 

表3 板要素でモデル化した円弧アーチの結果

表3 板要素でモデル化した円弧アーチの結果

 

表3 が物語っているのは、梁にあわせた板要素の結果が、梁要素の理論値とほぼ合っており、特筆すべきは、集中荷重載荷と分布荷重載荷との差異が全く見られないことである。

この理由は簡単である。通常、FEM では、要素表面に分布する荷重に対しては、荷重ベクトルを作成する段階で、要素単位で等価節点力に換算することになる。このとき、同じく曲げ剛性を持つ梁要素が、生成された節点モーメント荷重をそのまま採用するのに対して、板要素ではそれを除外するテクニックが常套手段となっている。数学的一貫性という点では、この手段は不適当なのであるが、これは良好な結果を得るための経験から得た実用的手段である。FEMがときおり見せる経験工学の顔である。このことは、第44話でも語ったことである。

さて、板要素の結果をご覧になって、読者も筆者が疑問に感じたツェンキーヴィッツ著書での記述内容がご理解いただけるのではないだろうか。たしかに、梁要素では、アーチ解析時の集中荷重と分布荷重の見解は正しい。しかし、何故、この記述をシェル要素の章で挿入していたのであろうか?

これでは、あたかも板要素でアーチ構造をモデリングした際も、分布荷重載荷は駄目ですよ、と言っているようなものである。このことが、最初、感動した一口アドバイスが後年、疑問に変化したという長い話であった。前にも言ったが、筆者の疑問が正鵠を得ていたのか、第3版からは、この記述文が消えてしまった、という昔話である。

2015年7月記

  1. 混合法による有限要素解析 統一エネルギー原理とその応用
    川井 忠彦(著), 風間 悦夫(著), 日本計算工学会[編集] []

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