第58話 君知るや、昔、K節点のありしを
梁要素は他の要素に比べて、幾何形状が単純なぶん有限要素法(FEM)の使用時、入力データが増えてしまう宿命にある。断面主軸(強軸、弱軸)の方向を指定するための情報がその一つである。
筆者はSAP(本エッセイ第1話参照)世代だったので、この情報を言うとき、つい“K節点”と口走ってしまう。K節点という言葉は、(FEM)の世界でも、おそらく市民権を得た用語ではないと思う。それゆえ、K節点と言っても、パソコン世代の若い読者には通用しないことだろう。しかし、以下では、K節点で通させてもらう。
K節点というのは、断面主軸のうち、強軸(通常、棒軸を第1軸とする第2 軸)を決定するための節点ということで、梁要素両端の節点が慣習的にI-J節点と呼ばれていた延長で、第3の節点として、K節点とSAPが呼称していたのである(図58-2)。
ベクトルIJ と ベクトルIK の外積計算で決まる第3のベクトル方向を一旦、弱軸に相当する第3軸ベクトルとして、さらにその第3軸ベクトルと棒軸ベクトルであるベクトルIJ との外積計算を求めれば、その結果が強軸方向の第2軸ベクトルであるというわけだ。一見、迂遠な話のようだが、よく考えれば3次元空間で方向を決める手段としては合理的な手段であり、一度理解すれば何でもない話である。
ところで、梁要素を多用する建設系ユーザーの中には、初めて市販ソルバーを使用する段階で、K節点の指定方法はおろか、その必要性も分からないという人が散見される。この人たちは、それまで平面解析あるいは格子解析にどっぷり浸っていたのであろうと想像できる。これらの解析では、強軸回りの曲げモーメントだけが興味対象となる。平面問題専用のソルバーでは、通常、強軸方向が面外方向にあるとするのが暗黙の了解であり、格子解析専用のソルバーでのそれは、格子面内にあるとするが暗黙の了解である。したがって、これらのソルバーのユーザーは梁断面の主軸という概念を知らないで済み、梁部材の配置方向をソルバーに知らしてやる必要のある3次元問題に出くわして、初めてK節点指定の必要性を知ることになる1 。
このように、視点を一段上げて解析内容を眺めてみると、自分たちのやっている解析が、実はある特別な場合であることに気づくことが多い。また、これに気づくことが、解析リテラシーのアップにつながっていくというものである。
次は、相乗モーメントのことである。標準的な材料力学の教育では、扱う梁材の断面のほとんどが1軸対称、2軸対称断面となっている。これは、少なくとも1軸対称であると、梁の曲げの力学が平面問題として扱える利点があるからである。したがって、その容易性から教育面でもメリットがあるわけである。
一方、実務の現場においても、I型鋼やH型鋼のように対称断面が多用されることから、FEMの解説書で採り上げられている3次元梁要素の要素剛性マトリックスも対称断面のものを掲げていることが多い。
FEMを使用する読者は、一度は(12×12)の一般的な梁要素剛性マトリックスの姿を見ていると思う。中身の要素がほとんど0である、すかすかのあのマトリックスである。すかすかの理由は、一つは軸力と曲げの力学が連成しない前提、一つはトルクと曲げの力学が連成しない前提(本エッセイ第45話参照)があるからである。そして、もう一つ、相乗モーメント=0(少なくとも1軸対称であれば)という対称断面を対象としているからである。実に0の密度が72%という無駄が多い要素剛性マトリックスである。もし、相乗モーメントのデータも必要とする非対称断面の場合だと、52%まで0密度が落ちる2 。
さて、実務の世界でも対称断面が多いと言ったものの、メイン部材の補剛材としてよく利用されるL型鋼のような非対称断面も出てくる。また、建材メーカーの場合のように、多くの梁材が非対称断面というケースもある。
非対称断面を扱うのには、二つの方法があるが、どちらもちょっと面倒となる。一つは、まず相乗モーメントを消滅させる断面の主軸を前もって求める方法である。ユーザーにとって、本法の難点は、求めた主軸方向をソルバーへ知らせるときである。図58-4のように、非対称断面では、主軸の一つである第2軸は、一般に面内を斜めに走ることになる3 。3次元空間内で梁部材が配置された際、この第2軸方向を決定する、K節点あるいはベクトル成分の指定に難儀することになる。
そこで、第二の方法となる。通常、梁部材の配置に当たっては図58-4にあるようにx,y軸が3次元空間内の水平方向あるいは鉛直方向になるように施工されることが多い。それでK節点の位置をx軸方向に取るのである。この場合、もちろん相乗モーメントの値を求めておく必要がある。もっともソルバーが持つ梁要素剛性マトリックス内に相乗モーメントの項がある前提も必要だが。
この断面の話をもう少し続ける。仮にy軸方向が鉛直方向であり、この方向に沿って荷重が梁要素に掛ったとする。すると、結果の曲げモーメントは、対称断面のときと違って、X軸回りの曲げモーメントMxとy軸回りの曲げモーメントMyの二つが現れることになる。それゆえ、例えば(x,y)位置での曲げ応力値を求める場合、下のように、やや煩雑な式が必要となる。
よく知られている、対称断面での応力公式
に比べると、いかにわれわれが、対称断面のメリットを受けているかが理解できる。
最後に、断面定数についての余談話をして終わりとしよう。梁の曲げ力学で登場する断面定数は、上の式で見る通り、断面2次モーメント、相乗モーメントのように2次モーメントまでである。ところが、これは微小変形理論を扱う初等材料力学の範囲での話である。大変形までを対象とする非線形解析では、定式化の方法にもよるが、断面3次モーメント、断面4次モーメントといった高次の断面定数が出現してくることになる。高次断面定数とは、例えば、断面3次モーメントでは、次のように定義されるものである。
先にも言ったように、一段と高い視点から力学を眺めれば、それまでの力学知識がより深く理解できるものである。
2009年初夏記