FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第52話 応力場は単純でない

弾性問題の解析で一番厄介なことは、応力集中点と特異点の存在である。適当なメッシュ分割をして有限要素法を適用したとき、両者の位置でも何らかの数値結果を出してしまうため、不用意な初級ユーザーがその結果をそのまま信用してしまうという重大な落とし穴がある。

応力集中点、特異点両者とも、その点での応力値がメッシュ密度に大きく影響されるが、前者が最適モデリングを前提に、メッシュの高密度化に比例して応力値が収束していくのに対して、後者のそれは発散するという好対照をなす。ここでは、後者の特異点ついて、少しお遊び気味の話をしてみる。

図52‒1 片持ち板の曲げモーメント分布図

図52‒1 片持ち板の曲げモーメント分布図

図52-1は、片持ち板の先端に荷重がかかったときの、長手方向曲げモーメントのコンター図である。矢印の位置は固定端角点である。われわれが有限要素法の結果を見る際、よく経験する、周辺部とは際立った違いを見せる違和感ある応力分布がこの位置で出現している。これが特異点の特徴ある姿である。もちろん、このときの応力値は安定していないし、本来、応力が求まらない点である。

図52‒2 片側固定の引張板

図52‒2 片側固定の引張板

ずっと以前、第10話で平面応力要素を使用した片持ち梁の固定端角点の特異点の話をした。この構造モデルに対して、今度は図52-2のように梁構造ではなく、引張り荷重をかける板構造を考えた場合はどうなるのであろうか。

この場合もやはり、固定端角点は特異点となる(図52-3矢印)。一見すると、この場合、一様な引張応力場になるように思うかもしれないが、固定端部の鉛直変位が拘束されていて、応力場が乱された結果、他の領域(載荷点部除く)のような単純な引張応力場でなくなる。実際に固定端部のメッシュ密度をどんどん上げていけば、特異点の体感ができるであろう。

図52‒3 固定端付近の応力場

図52‒3 固定端付近の応力場

実は特異点というのは多軸応力場で存在するものである。したがって、1軸応力場を仮定している梁要素(ビーム要素)モデルでは特異点は存在しない。2次元問題でいえば、特異点近傍は2つの直応力と1つのせん断応力に絡んでいて、特異点付近が1軸応力場ということはない。

図52-2の引張板モデルでは、固定端部で鉛直変位が拘束されているから、特異点になっていると言った。それでは、鉛直方向をフリーにした図52-4の構造モデルでは特異点は消えるであろうか。結果を言えば、この場合は構造全体で水平方向1軸応力場となり特異点は消えてしまう。これは、考えてみれば当たり前の話である。この構造モデルは両端を左右に引っ張る棒の中央断面での対称性を利用した半構造モデルと等価なのである。

図52‒4 両端引張棒の半構造モデル

図52‒4 両端引張棒の半構造モデル

さて、図52-2の構造モデルに戻って、このままでも1軸応力場にすることができることを打ち明けよう。実は、このモデルでは、通常の材料を想定してポアソン比を非零の値を入力していた。今度はポアソン比を0としてみる。そうすると、この構造、この荷重条件では鉛直直応力とせん断応力が生じず、全構造で水平直応力のみの1軸応力場となり、特異点は消えてしまうのである。

図52‒5 広角ノッチのある引張板

図52‒5 広角ノッチのある引張板

次に、荷重条件とポアソン比=0をそのままにして、構造だけを少し変えてみる。図52-5上段のように、板の上辺に勾配をつけてみる。すると途端に左端上角点が特異点となる。このモデルは下段図の広い切り込み角を持つ板の引張り問題の対称性を利用した半構造モデルと等価であり、堂々たる特異点に当たるのである。

この場合も、ノッチ部付近ではもはや1軸応力場ではあり得なく、こういう不連続点近傍の応力場は特異点を持つことになってしまう。

図52‒6 ポアソン比=0の片持ち板の曲げモーメント

図52‒6 ポアソン比=0の片持ち板の曲げモーメント

さらに、ポアソン比を零にして1軸応力場にする例を2つほど挙げてみよう。まず、ポアソン比が非零の図52-1の片持ち板の問題にも適用した結果が図52-6である。元のモデルが長手方向曲げモーメントとねじりモーメントの応力場であったため生じていた特異点が図52-6では消失している。

 

図52‒7 横荷重を受ける梁の特異点

図52‒7 横荷重を受ける梁の特異点

2番目の例は、おそらく特異点では一番有名であろう平面応力要素を使用した片持ち梁の固定端である。図52-7に示した、極端に短い梁モデル(A)と通常サイズの梁モデル(B)を考える。

A モデルではいくらポアソン比を零にしても、せん断応力が軸応力と同レベルの値で生じるから完全なる特異点のままである。B モデルでは、標準の梁理論の拠り所である、せん断応力≪軸応力の応力場のため、ポアソン比を零にすると、ほぼ1軸応力場状態となり、完全とはいかないが、かなりの程度特異点の姿が消えることが分かる。

最後に、誤解を招いてはいけないので、念のため言っておくが、多軸応力場が常に特異点を持つと言っているわけではない。特異点があるとき、その近傍では多軸応力場であると言っているのである。

ただし、教訓的に言えることは、応力集中する場所を持つ構造モデルでは、迂闊なモデリングをすると、そこが特異点になってしまうことである。それほど、応力集中点と特異点はきわどい関係にある。この両者をよく認識している有限要素法ユーザーは上級ユーザーであろう。

2008年12月 記

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読者からの寄せられたコメント

  1. Abe Keiichiro より:

    初めてコメントさせていただきます。
    本サイトの記事は、教科書的でなく、かつ、正しい情報を配信されている”ホンモノ”の香りがします。このような有用な内容をインターネットで自由に閲覧できることに感謝いたします。
    さて、質問させてください。図52-4 のように鉛直方向をフリーにしたモデルは、(鉛直方向に自由に動く)構造不安定となって計算できないような気がするのですが、いかがでしょうか。

    • Yoshiaki Harada より:

      不定型連立方程式の解法を含んでいるソルバーでは可能です。
      但し、結果には、剛体変形モードが含まれますが、本モデルの場合、
      変位には興味が無く、引張応力が分かればいいので、問題なしです。
      ESが採用している、Paradisoも非正定値解法スイッチを撰択すれば
      解式可能です。

      from 原田

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