FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第114話 チャンネル型断面梁の力学 その4
                - せん断中心 余話

せん断中心の概念の誕生は、意外と新しく20世紀に入ってからのことである。1909年、ドイツのバッハ(C.Bach)は、チャンネル型(コ型)断面梁のウェブ面平行に載荷実験をしたところ、梁がねじれることを観察した。載荷位置を横にいろいろ動かして、断面回転の大きさが変化することまでは確認したが、後に「せん断中心」と命名される特別な位置を見つけるまでは至らなかったようだ。この歴史話をティモシェンコが紹介している。

バッハの実験後、12年経ってやはりドイツのマイラート(R.Maillart)が発表した論文の中でせん断中心のことが言及されている。実は、せん断中心の名称も彼が初めて導入したことのようだ。

しかし、われわれが薄肉断面梁分野の問題を扱うとき、ティモシェンコは別として、二人の名前を忘れてはいけないだろう。一人は、ドイツのワグナー(Wagner)であり、もう一人は、旧ソ連のウラソフ(Vlasov)である。ともに当分野では非常に貢献した研究者である。前者は、曲げねじり力学で出現するねじりモーメントを「ワグナーのねじりモーメント」と呼称している書籍があるほどであり、後者は、日本の研究者、設計者にとってその著作物によって広く名を知られた人である。

1967年、東京大学・工学部の奥村敏恵先生の研究室の方々の翻訳でウラソフ著の本(第111話参照)が「薄肉弾性はりの理論」というタイトルで出版された。この本が後に、鋼構造を扱う設計者たちにとってバイブル的存在になった本である。

私ごとで恐縮するが、筆者は、学生時代を昭和40年代後半で過ごした。社会人になった50年代前半も含めて、随分と薄肉断面梁の問題に取り組んだ経験を持つ。社会背景も本四連絡橋の計画時期であり、大都市の都心部の高速道路では、曲線桁の高架橋が要求されていた時代であった。すなわち、鋼橋全盛時代で、設計の理論的裏付けに「梁の曲げねじり理論」の知識が求められていたのである。その時代、その分野の真っ只中にいた筆者も例外ではなく、ウラソフの本をバイブル扱いしていた一人であった。

そして、勤め人になって早々筆者にとって忘れられない出来事に出くわすのである。ある地方の田舎で、架設中の落橋事故があった。橋は2本主桁のプレートガーダー橋で、床版のコンクリート打設が後数mで完了という段階で突然落橋したのである。橋面の水準が結構高かったので死人も出た事故であった。事故状況から判断して、落橋原因は「全体横倒れ座屈」が起こった、と結論付けられた。

当時、筆者は、ある建設コンサルトに勤めていて、この落橋事故原因の理論的裏付け業務を担当することになったのである。奇しくもこれが、筆者が本格的にFEMプログラミングに携わる嚆矢だったのである。FEMと言っても、今では、板要素でモデリングすれば事足りる問題であるが、当時は、まだ市販のFEMソフトが本格的に普及している時代ではない。FEMソフトを利用しようと思えば、情報処理会社に計算依頼していた時代である。しかも、板要素を使ったEEMモデルの計算など、日本国内ではほとんど実績のなかった時代であり、実行しようとすれば、相当の計算コストがかかった時代である。そんなことで、筆者が採った手段は、曲げねじり理論をベースにした梁要素、すなわち「曲げねじり梁要素」でモデリングするFEMコードの作成であった。

完成したコードで解析した結果は全く驚くものであった。シミュレーション結果も実際に起きたあと数mの打設を残して全体座屈することを示していたのである。全体座屈や固有振動のように、構造物の全体的性能を示す理論的指標値というものは、実際の現象をよく反映するとは、かねて聞いていたが、全くその通りだと、このときほど実感したことはなかった。

 

この落橋事故でのキーとなったのが、実は桁断面がチャンネル型断面だったことを話しておこう。コンクリート床版を打設する前は、2本の主桁(I型断面梁)が下フランジ付近で水平ブレーシングされた構造となっていた。すなわちチャンネル型断面のウェブを下にした、いわばU型断面となっていたのである。

これが、大不幸の元になった。コンクリートが固まれば、BOX断面となって、ねじり抵抗が増大化する構造となって、横倒れ座屈も起こらなかったであろうが、打設中のコンクリートでは荷重でしかない。ここで、前に話したチャンネル型断面のせん断中心の位置を思い出してほしい。U型断面では、その位置が実断面の下側にあることになる。そして、荷重としかみなされないコンクリートの載荷位置が桁断面の上側となる。このせん断中心から載荷点までの距離が長くなってしまって、弾性静解析ではなんら問題ないことが、安定解析では非常に恐い条件を提供してしまったことになったのである。L/b(スレンダー比)も結構大きい構造だったことが、不幸に拍車をかけていた。

IT時代のパスワードに使えるような6桁の数字の落橋スパン長を40年ほど経った今でも筆者は覚えている。それほど筆者にとって強く印象に残った業務体験であった。

2017年5月記

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