FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第99話 刺激係数の話

阪神・淡路大震災や東北での巨大地震を目の当たりにした建設系の構造設計者にとって、耐震設計の拠り所である振動理論で線形理論がどれほどの存在価値があるのか、設計現場を離れて久しい筆者には分からない。まあ、実務面での使用頻度のことはともかくとして、“刺激係数”という専門用語が線形振動理論にある。かりそめにも構造物の振動現象を相手にしようとする技術者が、振動の基礎理論を知らずして、市販の耐震設計ソフトを動かして事足るではお粗末過ぎるので、ここでは、ちょっと分かりにくいと思われているかも知れない刺激係数のテーマを取り上げてみることにする。

 

刺激係数は、線形振動解析で出てくる連立微分方程式のすばらしい解法手段である“モーダル・アナリシス”での用語である。ただし、本エッセイ第25話でも言ったように、この用語は耐震設計の解析で登場する用語であり、メカ系のユーザーには無縁のものだと思う。それは地盤の揺れに関する用語のためなのだが、ひょっとすると、メカ系ユーザーでも装置類の設計者には縁があるかも知れない。

刺激係数の物理的意味は、地動を各振動モードで分解したときのその寄与度を表す相対的数値である。以下、モーダル・アナリシスの基本をおさらいしながら刺激係数へと、たどってみることにする。それには、まず振動理論の予備知識が必要なため、自由振動の式からスタートする。多自由度の自由振動の方程式を振動モードで表現したとき、周知の通り次の式となる。

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この式は、固有値方程式となっており、実際、構造物の固有振動を求める際の対象となる式でもある。ところで、式(1)は、全固有値、全固有モードを包括した式となっているのだが、当然、各個別の固有モードに限定した表現式にも使える。第i次モードに関して言えば、下の通りとなる。

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もちろん下添え字iは、それぞれi次の固有角振動数、固有振動モードであることを指している。式(2)の両辺に左側からi次の固有モードの転置ベクトルXiTを掛けて、式を変形すれば、“レーリー商”と呼ばれる下の式が得られる。

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ここで固有ベクトルの“M直交性”という、モーダル・アナリシスで一番重要なキーワードを話しておくことが必要となる。一般に固有値解析で出てくる固有ベクトルには、任意のi次固有ベクトルとj次固有ベクトルの間には次の関係を保持する性質がある(なお、数学的な誘導については、たいていの振動論の書籍には掲載されているはずなので、関心ある方はそちらをご一読いただきたい)。

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ここで、ちょっと余談。数学の関数の中にある直交関数列というのを思い出してほしい。ルジャンドル関数、チェビシェフ関数などと呼ばれている関数だが、一番有名なのがフーリエ級数での三角関数だろう。これらの直交関数列は、それぞれにある重み(フーリエ級数では、重みが1)に関して直交するという性質を持っている。

固有ベクトルにも直交関数列に似た性質があり、式(4)はそれを表しているのである。この場合、重みが質量マトリックスに相当するとみなせばいいわけで、固有ベクトルのこの性質を“M直交性”という。M直交性はモーダル・アナリシスでは非常に大事な性質で、もし、この性質がなければ、そもそもモーダル・アナリシスは存在しないものとなる。

ただ、注意しなければいけないのは、固有値解析で出てくる固有ベクトルが必然的にM直交性になるというわけではないことである。固有ベクトルが固有モードであることを考慮すれば、それを幾何学的に描いた場合、振幅の値に任意性があることから分かる通り、固有ベクトルの表現に許容範囲内で任意性がある。換言すれば、固有ベクトルの正規化にはいくつもの種類があることである。その正規化法の中の一つがM直交性を利用したものというわけである。

このようにM直交性の話をすれば、読者の中には、なんだか厄介な概念だな、と思われる方もおられるかもしれないが、実際問題で不安に思う必要はない。固有値計算のアルゴリズムでは積極的にM直交性を利用することが常であり、したがってアウトプットである固有ベクトルは、既にM直交化されていることになっているからである。

 

図1 質点系構造物の振動

図1 質点系構造物の振動

これで、一応、予備知識の話は終わる。これから、いよいよ地盤の上に建つ構造物の地震応答解析が始まる。地震応答の場合、構造物が固定されている地盤そのものが動くので、変形が基準とする座標系の他に、地盤の動きが基準とする絶対座標系も用意する必要がある。図1では、地盤上に建つ質点系構造物の振動様式を描いているが、Ugが不動の基準軸からの地盤の動きを表したものである。振動方程式における慣性力というものは、絶対加速度に由来するものだから、地震による地盤加速度が働いた場合の構造物の振動方程式は、構造物に直接起振力のような強制力が働いていない式(5)のようになる。

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第1項が慣性力であることはもちろん、第2項が減衰力、第3項が復元力であることは周知の知識である。ここで、式(5)を少し変形して

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とする。ただし、α(t)を地盤加速度の大きさとし、Ügをα(t)Iと表現しなおしている。Uは、式(1)~式(4)での変位モードXと違って、現実に出現する物理的な変位量であることに注意していただきたい。

Iについては、多自由度の場合、当然ベクトル量であり、その中身に関して気になるところだが、これについては、今回のテーマである刺激係数に大いに関係する話題となる。詳細は後述するとして、ここでは、とりあえず質点系構造物の振動でのそれである、要素が全て1であるベクトルをイメージしておいていただきたい。すなわち、

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である。

 

さて、これからモーダル・アナリシスを使って式(6)を解いていくのだが、それには、下式の通り変位を固有モードで展開する周知の常套手段を使用する。

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固有ベクトルに掛かる係数qiがモーダル座標とよばれるもので、モーダル・アナリシスでは、この値を求めることになる。式(8)を式(6)に代入すると、時間微分は固有ベクトルに関係しないので、

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となる。

 

ここで、式(9)の両辺に左側から任意のj次固有ベクトル(実際は、その転置ベクトル)を掛けることを考える。すると、式(4)の固有ベクトルのM直交性が活かされて、j=iのときのみの項が残り、すなわちi次モーダル座標qiだけの独立した次の方程式が出来上がることになる。

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上式左辺第3項は、固有ベクトルのM直交性を考えれば、式(3),(4)から容易に分かることだろう。

第2項は少し説明がいる。この減衰項については、まことに勝手極まりない仮定が使用されている。なんと、減衰マトリックスに関しても、それを媒介にして固有ベクトルに式(4)のような直交性があるとみなす仮定である。すると、振動モード毎に独立した減衰定数を考慮できることになり、式(10)にあるhi はi次モードでの減衰比と呼ばれるものである。

一般に振動問題で、減衰力を厳密に考えると、理論解析がそこでストップしてその先へ進むことが不可能な局面に陥ることになる。減衰力は、慣性力、復元力と違って理論的には求まらないゆえである。そこで、振動論の先駆者たちは、計算に都合のいい減衰力の仮定を幾つか用意した経緯がある。本エッセイのテーマである刺激係数には、減衰力がなんら関係しないので、式(10)第2項については、その由来の解説をここではしない-気になる方は振動論の教科書を参照いただきたい。

ところで、式(10)をよくよく眺めると、左辺はたしかにi次のモーダル座標だけで表現されているが、右辺の方は、依然として質量マトリックスMが残っているので、この式は、まだ完全にはi次のみの振動方程式とは言えない。そこで、下式のように右辺にあるベクトル量Iにも式(8)と同じく固有ベクトルで展開することを考えてみる。

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式(11)に出てくる係数βi こそ刺激係数なのである。すなわち、刺激係数とは、地盤の動きに関係するベクトル量Iを固有ベクトル展開した際の各項の係数なのである。

式(11)を式(10)に代入すれば、またまた固有ベクトルのM直交性が利用できて、次のように、i次のモーダル座標による振動方程式が出来上がることになる。

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式(12)は1変数の2階定数係数微分方程式であるから、定番の解法で解いてモーダル座標qi を求めれば、式(8)により実際の応答変位が求まることになる。この時、右辺にある地盤加速度α(t)の与え方で、時刻歴応答解析になったり、周波数応答解析になったり、あるいは応答スペクトル解析になったりすることは、よく知られていることである。

ところで、刺激係数βi そのものは、どうして求めるかというと、式(11)の両辺左側から質量マトリックスMを掛けた後、さらにj次の固有ベクトルXj(実際は、その転置ベクトル)を掛ければ、ここでもM直交性が活きて、次のように簡単に求まることになる。

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最後に、今まで詳細な記述を保留してきたベクトル量Iについて話したいと思う。結論から言えば、Iの各要素は単純で0か1だけのものである。ただ、その配置が構造モデルに依存している。したがって、刺激係数というのは、振動の応答解析の段階で求めるものではなく、その前の固有値解析の段階で求まるものなのである。刺激係数が求まっていれば、地震応答解析では、構造物の詳細情報は不要となるわけである(応力値を求める場合を除いて)。

刺激係数を解説している振動の教科書を見ると、たいていが質点系の構造モデル(しかも2次元平面内モデル)を対象としている。この場合は、全質点の水平自由度が地盤加速度を受けるので、Iは式(7)のようになる。もし、読者の中で、質点系以外の数理モデルを対象としてモーダル・アナリシスを使って地震応答解析のプログラムを開発しようという方がおられたら、Iの設定の所でちょっと戸惑うかもしれない。そこで、以下にそれを具体的に追記しておくので参照されたし。

 

Iの要素内容は、対象としている構造物の数理モデルでの格点あるいは節点が持つ自由度と地盤加速度が得られている方向に依存する。話の展開上、暫定的に格点(節点)自由度を通常の数理モデルで扱われる最大の6自由度で考えてみる。すなわち、並進3自由度(u,v,w)と回転3自由度(θxyz)である。この6自由度のうち、地盤加速度に関係するのは並進自由度だけなので、回転自由度に対応するIの要素は0となる。要素に1が設定されるパターンは、数理モデルごとに違ってくる。

今、話を簡単にするため、地盤加速度α(t)が得られている方向がX軸方向(全体座標系)だとする。すると、いくつか想定した数理モデルのサンプルでは各々下のごとくにIが決定できる。

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もし、地盤加速度方向をY軸方向と考えるならば、例えば上のⅡの場合、下の通りとなる。

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1の配置がやや複雑なケースとなるのは、有限要素法モデルで言えば、回転自由度を持つ要素と持たない要素の混合モデルの場合である。この場合は、上の各例のような1節点での(1,0)パターンが繰り返すのではなく、節点ごとに持つ自由度状況を判定して設定する必要があり、考える地盤加速度方向に対応する並進自由度に1を設定することになる。

2015年11月記

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