FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第94話 アーチの数理 – 序

弾性体の物理を扱う応用力学で、特にその対象を細い棒構造や薄い板構造に絞った学問を、機械系分野では“材料力学”と呼び、建設系分野では“構造力学”と呼んでいるは周知の通りである。両分野で使用される教科書が、ほとんど梁構造の力学で埋め尽くされるという共通点を持つのに、お互い別称を持つというのも不思議なものである。ところが、両教科書で全く相違点が無いかと言えば、そうでもない。その一つが、今回のテーマであるアーチ構造の力学ではなかろうか。

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構造力学の教科書では、掲載量に違いはあるにしても、たいていアーチ構造のことが言及されているのに対して、材料力学の教科書では皆無といっても過言ではないかと思う。前者の由縁は、やはり橋梁やダムあるいはトンネルといった土木構造物に、アーチ構造が多く採用されるからであろう。特にアーチ力学の習得が必要とされるのは、橋梁エンジニアではないだろうか。

構造だけ見れば、初等力学で扱う直棒が曲がっただけであるのに、この曲がりこそが、力学を複雑にし、興味深い力学を示してくれるのである。さらに面白いのが、荷重の掛かり方一つで、同じ曲がり梁の力学が章を分けているという点である。曲線を含む面の面外から載荷される力学が曲線梁理論であり、こちらは、材料力学の一部の教科書でも扱っているものもある。一方、アーチ力学は、荷重が構造面内でかかる力学であることは言うまでもない。

 

筆者は社会への入り口の門を、橋梁エンジニアを目指してくぐった。その後、橋梁設計の専門からは離れてしまったが、こと構造物の数値解析という点では、社会の出口(?)まで幾多の橋梁構造とは接してきた。しかし学生時代、曲線梁の解析経験はあるものの、アーチ構造とは不思議と縁が無かったのである。ところが数年前、この老体にアーチダムの有限要素法(FEM)解析の依頼が舞い込んだことがある。皮肉なことに、社会の出口を出た付近で筆者は、初めてアーチに関与する運命に遭ったことになる(笑)。

アーチダムの応力解析といっても、今の時代その解析はソリッド要素を使ったFEM 解析なものだから、アーチ理論を特に意識する必要はない。ところが、この機会をきっかけに、アーチに関する昔のある記憶が蘇ったものだから、少しアーチのことを調べてみた。以下の記述は、その時の結果をご紹介するものである。

昔の記憶というのは、筆者がFEM の勉強を本格的に始めたころ、初めて購読した参考書内にあった記述文のことである。その参考書とは、1970年版の翻訳書(原書は1967年)であるツェンキーヴィッツ著の“マトリックス有限要素法”である。この原書は、その後も更新版が続き、現在2013年に第7版が出ているようである。FEM 参考書のスタンダードと言ってもいいのではないだろうか。FEM の輸入時期から普及初期にかけては、翻訳書も続いていたものだが-たしか第4版までは邦訳書があったはず-市販のFEM流通ソフトが多用されている現在では、さすがに途絶えている。

さて、記述内容に関してだが、“平面要素の集合としてのシェル”という章の冒頭にある文のことである。そこには、曲面構造をモデル化する際の平面要素の集合で近似する注意を喚起する意味で、アーチを折れ線近似するときの注意点が記載されていた。アーチに掛かる分布荷重を扱う場合、そのまま分布荷重で扱うよりは、等価節点荷重に置き換えて載荷する方が、アーチ力学の実状に近いと言っているのである。おまけに、訳注までも追記されていた。

最初この記述に出くわした時、うぶな(?)私は、この種の参考書では珍しい一口アドバイスに感動したものである。ところが、FEM を理解できるようになった後年、この記述を読み返してみると釈然としないものを感じたのである。解説文に曖昧さと舌足らずなところを感じたからである。そんな筆者の持った感想が当たっていたのかどうか分からないが、1975年に出た第2版まで記載が続いていた上記の内容が、1984年の第3版からは突如として消えてしまった。釈然としないものが何かということについては、勿体ぶるようだが次々回まで、しばらくお待ちいただきたい。

今回から数話、アーチのことを語るつもりなのだが、その内容はアーチの数理にしたいと思っている。というのも、多くの構造力学の教科書では、読者を橋梁の構造設計者として想定しているためか、アーチの影響線に関する記述で終始しているだけで、基本的な力学的数理が欠けていると感ずるからである。

アーチの数理を語るとは言ったものの、その全貌を語るのは、本エッセイにふさわしくはないし、第一、筆者にそんな能力もない。そこで、これから俎板にあげるアーチとは、一番ポピュラーであろうと思われる2ヒンジアーチを対象としたものであることを予め断っておく。それと、話を簡単にするため、下の二つの前提を設けることも記憶しておいてもらいたい。

  • アーチの構造材は等質等断面とする
  • 荷重条件は等分布荷重を対象とする(図1(b)タイプの分布荷重)

荷重に関しては、さらに認識しておかなければいけないことがある。一言で分布荷重と言っても、アーチの場合、3 タイプのものがあり、それらを明確に区分しておく必要がある。図1(a)にある分布荷重は、アーチ軸に沿って分布する等分布荷重である。この代表例がアーチ材自身の自重である。図1(b)にあるは、水平軸に沿って分布する等分布荷重である。アーチ橋における路面部の自重がこれに相当するのではないだろうか。図1(c)は、アーチダムにおける水圧のようなもので、アーチ面に垂直に作用するものである。圧力容器における内圧とは対照的な外圧ともいうべきものである。

図1 3タイプの等分布荷重

図1 3タイプの等分布荷重

通常の梁構造物では曲げモーメントが重要であるのとは対照的にアーチは軸力(圧縮力)が卓越する構造という大きな特長を持つことは周知の事実である。極論を言えば、曲げモーメントが一切発生しない構造も考えられるわけである。そこで、まずその力学を表現する微分方程式を考えてみよう。図2 を参考に初等力学でお馴染みの手法を使って微小線材を対象にした平衡方程式を立ててみることにする。

図2 アーチ軸微小線素の釣り合い

図2 アーチ軸微小線素の釣り合い

図2にあるdsはアーチ軸に沿った微小線素である。この両端には、軸力を構成する水平分力、鉛直分力が存在している。前者、後者をそれぞれHとVで表現する。

ところで、水平方向には荷重が全く掛かっていないのと構造の対称性から、支持点で発生する水平反力に相応するH が全アーチ軸に沿って一定であることが明瞭である。それゆえ、水平方向の釣り合いは全く考慮する必要がない。後は、鉛直方向の釣り合いを考えれば事足りる。そして、その平衡方程式とは下の通りである。q とは分布荷重強度のことである。

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式を整理して、

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ところで、図2より、次の関係が成り立っている。

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式(2)と式(3)より、下の関係式ができるが、これが今対象としているアーチの基本微分方程式である。

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式(4)右辺は、変数x に関して定数であるから、微分方程式の解y はx の2 次方程式、しかも、両端でy=0 だから、次の形の放物線式となることは明瞭である。L はアーチのスパン長を表している。

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未定係数a は、式(5)を式(4)に代入すれば求まり下の通りとなる。

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ここで、アーチ力学でよく使われるパラメータであるライズf を導入してみる。橋梁分野以外の読者には、聞き慣れない言葉かも知れないが、ライズとは、スパン中央の鉛直高さのことである(図3)。x=L/2 を式(5)に代入すると、式(7)になる。

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図3 アーチのライズf

図3 アーチのライズf

結局、式(6)と式(7)から、水平分力あるいは支点での水平反力H が次のように求まることになる。

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水平反力H さえ分かれば、鉛直反力は当然のごとく=qL/2 だから、アーチ任意点での断面力、この場合、軸力は算出されることになる。

 

さて以上を総括すると、今回考えた水平方向に等分布する載荷条件で曲げモーメントが一切出現しないアーチの構造ラインとは、放物線という結論にいたる。アーチには、放物線アーチ以外にも円弧アーチや楕円形アーチもあるが、これらでは、曲げモーメントがゼロにはならないのかといえば、条件によっては近似的には成り立つ場合もある。その一部を本アーチシリーズの最後で紹介する予定である。

また、放物線アーチでは、たいへん興味深い力学が存在する。アーチを水平軸に関して反転させ、圧縮力を引張力に置き換えると、これは、ケーブルの平衡力学となる。つまり、アーチとケーブルは対蹠的力学構造なのだ(図4)。今は、水平軸方向の等分布荷重という載荷条件を考えたので、ケーブルの平衡形状が放物線だったが、荷重がケーブル軸に沿った等分布荷重すなわち自重を考えると、形状が高校数学で初めて出くわすカテナリー曲線となるわけだ。

図4 アーチとケーブル

図4 アーチとケーブル

ところで、今回の話を閉めるに当って、読者の中には式(8)を不思議に思った方はおられないだろうか?構造力学の教科書を思い出していただきたい。そこには、たしか2 ヒンジアーチ構造は、1次の不静定構造であったことが記載されているはず。不静定構造は、構造物の変形まで考慮しなければ、反力、断面力は求まらないはずだ。それなのに、式(8)には、弾性定数も断面定数も一切出てこない。賢明な読者には、既にお気付きだろうが、次回、このからくり(?)の話から始めたいと思う。

2015年5月記

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