FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第4話 オイラーのベルト理論

冒頭、いきなりの問題で恐縮しますが、ここは1つ読者諸氏にお付き合い願います。

読者が今、超満員の電車に乗っているとしましょう。しかも、10㎏ぐらいの重い中身の入った手提げ袋を片手で持ち、もう一方の片手で吊り輪を持って立っているとします。重たくて手提げ部分の紐が指に食い込んでいます。不幸にも立っている位置の前には網棚はありません。

こんなとき、読者が少しでも楽になろうと思えばどうしたらよいでしょうか。もちろん、前に座っている人の膝の上に置いたりしてはいけないことは言うまでもありませんが、自分の膝が座っている人の膝とぶつかるほどのぎゅうぎゅう詰めのため、足元に置くスペースもありません。解答は最後にまわすとしまして、この答えの理論的解明を与えてくれるのが今回のテーマ“オイラーのベルト理論”であります。

レオンハルト・オイラー(L. Euler;瑞1707-1783)には後の方の話で改めて登場してもらう予定でいますので、ここでは詳しく話しませんが、彼は1762年、円筒上に巻きつけたロープの効用、すなわち“ベルト理論”というものを考察しました。それは簡単な1階の微分方程式からなり、その解は次の式のようになっています。

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この式はベルトの一端をT0 の大きさの力で引っ張っているとき、ベルトがすべるまで他端を引っ張るにはT1 の大きさの力が必要ということを物語っています。式を見れば、文字通り巻き角θ に対してT1 は指数関数的に増えていっていますね。小中学校の理科で出てくる滑車の問題ではT1T0 となっていますが、これは摩擦を考慮していないからです。

少し、具体的な計算をしてみます。摩擦係数μ =0.3として一巻きするとT1/T0 =6.59、二巻きでT1/T0 =43.4となり、4回りともなると実にT1/T0 =1882となります。

実はこの現象をうまく利用した場面をわれわれは身近に見ているのであります。まず、西部劇の映画でよく見るシーンがあります。馬に乗って街にやって来たカウボーイたちが酒場に入る前にまず、馬をつないでおくため横棒に手綱をぐるぐると2、3回まわしただけでバーに入ってく場面がありますね。この時、いつも手綱を横棒に結ぶ姿など一度も見ないでしょう。前の数値例で分かるとおり、2、3回も手綱を巻かれると馬の力といえども逃げられないのです。

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もっと劇的な場面は大型船舶を岸壁に繋ぎ止める舫綱(もやいづな)です。何万トンもある大きな船が数巻きの舫綱で止められるのも、上の理屈のおかげなのです。

ところで、このベルト理論は工学問題でも結構利用されています。筆者が若い頃、専門としていた橋梁分野ではこんな例がありました。

吊橋におけるケーブルを支えるタワーの塔頂部にあるサドル上のケーブルのすべり問題がありました。スペーサで挟まれた何層もあるサドル上のケーブルのすべり問題を数値解析していて、なかなか苦労した覚えがあります。実は筆者が初めてベルト理論を使用したケースでした。

同じく橋梁分野の最近の問題では、プレストレスト(PC)コンクリート橋梁で使用されるPC ケーブルによる腹圧計算があります。PCケーブルを挿入するシースが円弧状の曲線になっている場合、オイラーのベルト理論のご厄介になることになります。流行の有限要素法を利用しているPC 橋梁設計者も、この計算には難儀していることが想像できます。何本もあるPCケーブルのラインに合わせてメッシュを切ることは現実にはできないことですね。手前味噌で恐縮しますが、筆者は最近、煩雑な腹圧計算をメッシュ模様に関係なく楽に設定できるプログラムを開発してみました。

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さて、冒頭の問題の答えでありますが、ここまで読んでこられた読者はもう答えはお分かりのはずでしょう。手提げ袋のひもを吊り輪の中を通して滑車のロープのように使えばいいのです。吊り輪は大抵プラスチックでできているので滑りやすい。そこで、摩擦係数μ を仮に0.1として計算してみましょう。紐が半周巻きついているとしますとT1/T0 =1.37となります。だから、逆に10㎏の荷物は約7.3㎏で支えられる計算となります。もちろん、もっと巻いてしまえば非常に楽になるというわけです。

話を終わるに当たって、是非、工学系の読者に一読をお勧めしたい本があります。ここに出てきたオイラーのベルト理論を含めて、摩擦に関する興味深い話が満載されている、岩波新書の“摩擦の話(1971初版発行)”です。

著者はこの分野の第一人者であった曾田範宗さんです。筆者が今まで読んできた数理エッセイの本の中でランキングをつけたとしたら、トップクラスと言い切れる本でもあります。

2001年1月 記

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