第45話 鎧を着た梁理論
有限要素ライブラリー内にある梁要素や板要素といった、いわゆる構造要素には、最も一般的要素であるソリッド要素に比べると、多くの工学的前提、仮定が設定されている。
特にオイラー梁と呼ばれている一番基本の梁要素は、初等材料力学が唯一対象とする構造材と同じものであるが、初等材料力学の教科書では曲げモーメントやせん断力の釣り合いのテーマに終始している感がある。
そんなことで、学校時代に材料力学を修得してきたはずの人たちの間でも、梁理論の前提といったものを認識していないと思われる有限要素法の利用が散見される。そこで、今回、初等梁理論を成立させている前提、仮定を弾性学の立場から整理してみようと思う。今回はちょっと長い文書となるが、正月休みに退屈した方はどうぞご一読を。
梁構造といえども3次元の弾性体である。最も一般的な弾性体の力学を記述するには、下式で表される応力6成分、歪6成分、およびこの2つの物理量を結びつける構成則の要素である2つの弾性定数(注)が必要となる。これらが、初等梁理論ではどれだけカットされていくのか、その過程を追うのが今回のデーマである。
(注)ここでは、幾何学的なテーマを対象としており、材料についてはあくまでも等質・等方性の弾性材料を前提としている。
ここで、上に使用された、また後に使用される記号の意味をついでに説明しておく。
各説明は後述するとして、まず、初等材料力学で扱う梁理論の前提、仮定を列挙すると以下のとおり、こんなにもある。
- a/L<1/10
- εx=εy=γxy=0
- γyz=γzx=0
- εz≪1
- u が微小かつ u‘≪1
- σx=σy=τxy=0
- 軸力と曲げ変形力学が非連成
- トルクと曲げ変形力学が非連成
以下、上の項目別に余談を交えながら解説していく。
1. a/L<1/10
a/L は、いわゆる棒材の細長比(スレンダー比)のことを言っている。注意しなければいけないのは、ここで言っている L は梁構造の全長のことで、決して1つの梁要素の長さではないことである。
梁の力学を言うからには、当然、細長い形状を想定しているわけだが、スレンダー比はなかなか厄介な数値である。明確な基準値というものが存在するものでもなく、経験的知識に頼らざるを得ないからである。
それでも、せん断変形を考慮しない初等梁理論では理想的には、a/L<1/10ぐらいと考えるのが妥当ではないだろうか。少し、譲歩しても a/L<1/7程度と筆者は考えるがどうであろうか。それ以上になってくると、せん断変形の影響も考慮する必要が出てくる。せん断変形を考慮した梁理論については後で少しだけ述べる。
ところで、あいまいさが残るスレンダー比ゆえ、この数値を無視した使い方をされることが多いのも事実である。特に、棒材を扱うことが多かった建設系の人たちにはこの傾向が強い。有限要素法の先輩格であった“たわみ角法”などの変位法プログラムに馴染んでいたというより、馴染み過ぎたといってもいいぐらいなので、もはや梁構造とは言えない構造物にでも、強引にフレーム構造専用のプログラムを使用するのが散見される。筆者の出くわした人の中にも、“応力”という言葉を聞いただけで、有限要素法を避けて断面力の引力圏に逃げ込む人がいた。
2. εx=εy=γxy=0
梁の断面は変形後も面内では変化しないという仮定、すなわち、断面剛または断面不変の仮定といわれているものが標題の式である。これは次の3の仮定とともに梁理論における重要な仮定である。これらの仮定がなければ梁理論というものは存在しなかったであろう。
εx=εy=γxy=0が意味するところは、断面内の上下、左右方向の伸び縮みもなければ、横ずれもないといっていることである。
3. γyz=γzx=0
この仮定は梁断面の面外せん断変形がないとするものである。この仮定のゆえに、最初、平面であった梁断面は変形後も平面を保つという、有名な“Bernoulli-Navierの仮定”が成り立つわけである。別名、平面保持の仮定ともいう。要するに、梁の断面は変形に際して、x 軸又は y 軸周りに最初の断面を保持したまま回転するだけということになる。
この仮定にはもう1つの重要事項が付帯している。すなわち、変形前、梁材の中立軸に直交していた断面は変形後も中立軸との直交性を保持するというものである(図45-3参照)。
ところで、賢明な読者はお気付きかもしれないが、せん断歪みが無いとすると、冒頭で記述した応力-歪みマトリックスを見て分かる通り、対応するせん断応力もゼロとなる。そうすると、せん断応力を断面に渡って集計したせん断力もゼロということになる。これはおかしい、学校で習った材料力学では、せん断力があったではないかと言われるかもしれない。
種明かしをすれば、初等梁理論では、変形を考える段階ではせん断変形を無視しておきながら、いざ、断面力の釣り合いを考える時はせん断力を考慮するのである。教科書によく出ている図45-4を見ると分かるとおり、せん断力を入れないと釣り合いが取れないのである。
要するに、初等梁理論は矛盾を含んだ理論なのである。このことは、有限要素法で梁要素の剛性マトリックスを求める場合にも反映されている。定式化の基本となる歪みエネルギー式内にこれらのせん断歪みを入れて、いくら式をひねくり回しても対応するせん断力という物理量は出てこない。γyz、γzx はせん断力とは違った形、すなわち、ねじりモーメントとして寄与することになる。しからば、有限要素法で、せん断力はどうして求めるかといえば、初等梁理論同様、S=dM / dz の関係を利用して求めることになる。
ついでだから、本仮定を設けない、せん断変形を考慮した一段階ハイレベルの梁理論のことも触れておこう。これは“チモシェンコ梁”と呼ばれている梁理論である。
梁断面内のせん断歪みを考慮すると、弾性学の見地から、それは断面内で放物線分布するものだから、それを厳密に考慮することは、梁理論という実用的コンセプトからは不適当となる。そこで、この変形を平均的に考えて梁断面は依然、平面を保持するものとする。しかし、中立軸での直交性はもはや成り立たないとする。せん断によるずれ角度分、断面が回転することになる。
4. εz≪1
2、3の仮定から歪み6成分で残ったのは、たったの1つ、梁軸方向の縦歪 εz だけになってしまった。すなわち、梁理論というのは梁を形成する棒軸方向の縦繊維1本1本の力学に還元されたものなのである。
ところが、たった1つ残った歪み成分 εz にも制限を加えないと教科書で出てくる初等梁理論は生まれない。初等梁理論に限らず、構造設計の広い範囲で使用されている実用的な構造理論はすべて線形弾性理論を基本背景としている。
線形弾性の第一条件は歪み成分のすべてが1に比較して極小さいという、いわゆる微小歪みの仮定である。
唐突に1が出てきたが、これは変形の幾何学を追っていけば自然に出てくるものである。歪み(無次元物理量)の大小をいう場合は、1を基準にした相対量でいわなければいけない。
上のことから、梁理論における εz も当然 εz≪1の仮定が必要である。
5. u が微小かつ u‘≪1
材料力学の分野でよく言われる“微小変形”という言葉の使用は注意が必要である。4での微小歪みの仮定が、それに相当していると勘違いされている人もいるかもしれない。微小変形の用法がやや混乱されて使用されているからである。
言葉どおり変位(u)が小さく、また、回転(u‘)も小さい場合だけに微小変形という言葉を使用する場合もあれば(この時、歪みが小さいとは限らない)、変位、回転、歪みのすべてに渡って小さいとする場合に使用する微小変形がある。材料力学のバックボーンとなっている線形弾性理論は後者の方である。
もし、読者の中に学生時代、材料力学のみで済まされた方がいたならば、この項で出てきた“回転”のことが理解しづらいと思われるので、ついでだから、ちょっとだけ概説しておこう。
突然で恐縮するが、最初にマトリックス代数で習った次のマトリックスの恒等式を思い出してほしい。忘れた方でも、よく見ればこの式が成立するのは当たり前のことだと分かるはず。
要するに、上式は任意のマトリックス H が対称マトリックス S と交代マトリックス Aに分解できること、あるいは両者の合成からできることを意味している。
一方、連続体の変形の幾何学での変形指標に、変位勾配テンソルというのがある。このテンソルは文字通り変位成分を座標変数で偏微分した u‘ などを成分とするものであり、歪みの情報も抱えている。
この変位勾配テンソルを式(1)左辺のH であるすると、右辺 S が微小歪みテンソルに、A が微小回転テンソルにそれぞれ相当することを、変形の幾何学は教える。力学的に考えれば、いかに小さな変形であっても、弾性体の変形は全体的に回転する剛体的変形と局所的変形を意味する歪みの2つからなることを意味している。
話がやや複雑になるのは、この(微小)回転テンソルの存在である。このテンソルの成分(ここでは代表的に ω とする)がまた、弾性体の変形理論にとって、一種のパラメータ的振る舞いをすることになる。ω は線形弾性理論では実際、弾性体内に仮想した微小要素の剛体的回転角を表現する。
実は弾性理論のレベルは ω の程度で分けられることになる。線形弾性理論というのは、歪み成分とともに ω も1より極小さいという前提の上に、さらに、前者の微小程度が少なくとも後者と同程度以下という条件も課せられるのである。
同じ、微小量であっても、回転の方がオーダー的に大きい場合は線形弾性理論が成り立たない。この範囲を対象とする構造解析が梁構造、板構造の座屈解析や大変形解析である。歪みは微小だが、回転は大きいという非線形解析である。
最後に念を押すと、初等梁理論では歪みだけでなく、変位、回転すべてが微小(≪1)であり、かつ、歪みの微小程度が回転のそれと比較して同程度以下という仮定が必要なのである。
6. σx=σy=τxy=0
1から5までが幾何学的仮定であるのに対して、ここでの仮定は力学的仮定である。梁の横断面内のみに関係する応力を無視するということをいっている。一見すると、仮定2に対応したものと考えられそうだが、ポアソン比の存在を考えれば、そうではないことが分かるはず。つまり、梁理論というものは図45-7のように断面内に1本1本配置された縦繊維で構成されており、もちろん、各繊維は平面保持などの幾何学的仮定に拘束されるが、繊維に発生する応力に関してはお互い干渉しあわない仮定を設けている。
しかし、図45-8を見れば、ちょっと納得できない人もいるかも知れない。荷重直下の領域では境界条件を満足させるため、梁の表面部分には鉛直上向き応力が発生するのではと。たしかに、梁構造を連続体メッシュでモデル化して有限要素法解析をしてみると、鉛直上向き応力などが出現する。
ただ、σx&σy&τxy≪σz の関係が、通常の梁構造にあり、というよりも、その仮定が妥当であるのが梁理論というわけである。
ついでに言っておけば、梁のスレンダー比 a/L の数値が大きい構造で有限要素法解析を実施してみると σx&σy&τxy≪σz の関係がくずれてくるのを発見する。
7. 軸力と曲げ変形力学が非連成
棒材の梁理論は横方向の作用荷重を想定した理論である。ここでの主役は曲げモーメントである。荷重にはもちろん、棒軸方向に作用するものがある。この軸力だけを対象とした棒理論がトラス理論であることは言うまでもないが、任意方向荷重が作用する場合はどう対処するのか疑問がわく。
ピアノ線の引張度で音が変わることから理解できるように、梁材の曲げ変形は作用する軸力の影響を受ける。すなわち、梁の曲げ変形の力学は軸力と連成する。この力学を忠実に追うのが、いわゆる“Beam-Coloum 理論”と呼ばれているものである。こちらは純粋の曲げ理論と違って解を求めるのは簡単ではない。級数展開で解析的に求まる場合もあるが、通常、非線形解析となる。それで、余程のことが無い限り、実用的には軸力による力学と曲げの力学は分離独立させているのが初等材料力学である。
有限要素法においても、曲げの剛性マトリックスと軸力の剛性マトリックスはそれぞれ独立で求めたものを単純に合成しているだけである。これが、梁要素の剛性マトリックス内で、軸力と曲げモーメントに関する連成項が無い理由である。
8. トルクと曲げ変形力学が非連成
トルク(ねじり)と曲げ変形の関係も7の軸力と曲げ変形の関係によく似ていて、お互い独立に扱われる。定式化だけを見ていると、軸力とトルクは全く同じ様式である。微分方程式での軸力 N をトルク T に置き換えれば、そのままトルクの方程式になるし、有限要素法での剛性マトリックス内の位置づけも類似している。
ただ、トルクと曲げの連成を考慮した力学は軸力の場合と当然違う。日本では昭和40年代に入る前後の時代、“曲げねじれ理論”の基礎と応用が注目されていた。筆者の学生時代がこの最後の頃ではなかったかと、今になって回想する。
曲げねじれ理論というのは、梁材が横荷重を受けたとき、曲げだけでなく断面が軸方向に反るという現象から端を発した理論である。すなわち、3の平面保持の仮定を一部捨てた理論である。
反りの現象そのものはサン-ヴナンの昔から指摘されていることだが、航空機などの構造材に薄肉材が多用され始めた20世紀中葉、梁の横倒れ座屈の解明と相まって著名な構造力学者たちによって研究されてきた。
薄肉構造では反りの現象は顕著であり、せん断応力→せん断流→反りモーメントの理論が形成された。この理論では、もはや曲げとトルクは独立には扱えない。
昭和40年代といえば、東京、大阪に高速道路が多く建設され始めた時期である。今のようにコンピュータも有限要素法も手軽に使用できる時代ではない。道路橋の解析に梁の曲げねじれ理論がもてたわけである。
以上見てきたように、材料力学に掲載されている初等梁理論はたくさんの仮定、前提を鎧のように身に着けて成り立っているものである。
2007年12月記