第123話 シェル要素の疑問
シェル要素の章を持つ有限要素法(FEM)の参考書やその定式化を論ずる文献では、ベンチマークテスト用のモデルの 1 つに、図 1 にある ような構造モデルがよく引用 されている。この構造モデルは、一端を 固定 した 細長い帯板の他端を Y 軸回りに 90 度ひねった構造である。そして、 自由端に水平方向、鉛直方向にそれぞれ集中荷重を掛けた場合(同時ではなく独立に載荷する)のシェル要素の性能を計るというものである。

出処は分からないが、解析にあたっての諸条件は、どの掲載文でも図 1 に記した数値が採用されている。荷重については、水平方向荷重、鉛直方向荷重どちらも 1 .0 N の値である。
本論に入る前に少し脱線 する が、この問題で 1 つ読者に 問題を出して み よう 。水平、垂直両方向に載荷した2ケースで、荷重作用点での載荷方向変位は、さてどちらの方が大きいか 、という問題である。
この問題は簡単だと思うが、答えは 鉛直荷重のケースで ある 。ここで肝心なことは、正解そのものよりも、その結果の定性的理由を説明できるかどうかである 。帯板の固定端部付近に注目してほしい。水平荷重の場合(以下、この解を U x とする)この領域はメンブレン状態が支配的であり、鉛直荷重の場合(以下、この解を Uz とする)は、曲げ状態が支配的になる。周知の通り、前者の剛性は板厚に比例し、後者のそれは板厚の3乗に比例する。換言すれば、板厚が薄くなれば、後者は前者に比べて板厚の2乗倍もヤワになるということを意味する。極端に言ってしまえば 、水平荷重の場合、硬くなった固定端付近は近似的に固定端化してしまって、その分、帯板のスパンは短くなったと考えればいいわけである 。読者の中で 現在、構造力学を学んで いる 学生さんがおられたら、こういう力学センスを身につけていってほしいと思う 。
さて、本論に入る。図 1 の構造では、やや厚板構造になっており、FEM 解析の場合、 当然ミンドリン型のシェル要素を適用することになるのだが、メッシュ密度 に対する解の収束性を論じた記述では、どの文献も目標値を U x =1.29~1.75 mm、Uz=5.26~5.42 mm としている。
筆者は、最初この数値を疑わなかった。だれか先人が何かの解析的手法を使って厳密に弾性解を求めていた数値なのだと勝手に思い込んでいた。そして、すべてのミンドリン型シェル要素の結果がこの目標値に収束していく様子を各文献で紹介しているのである。その中には、世界的に著名な FEM コードも入っており、それらも上の数値に収束しているので、なおさら疑わなかった。
ところが、念のため筆者が板要素を使って(本モデルでは、どの要素に関しても平面とはなりえないため、四角形要素ではなく三角形要素を採用)解析したところ、 疎メッシュでの結果の相違は当然としても、密メッシュと思われるモデルでも結果の数値が、シェル要素の結果と随分違っている。あれっと思って、密度を高めていくと、収束するどころか、解の数値が漸近的に増加している傾向を示している。その様子を示したのが図2 、図 3 である。


これがきっかけで、この問題にはまりこんでしまい今度は、ソリッド要素の登場を願った。すると、やはり図 2 、図 3 に示 す 数値に収束していくではないか。一体、文献にある U x 、Uz の数値は何なのかと訝しく思って、目を凝らして文献(参考書も同様)を詳細に見つめなおすと、この数値、梁理論によると記載しているではないか。そこで、梁要素への置き換え、そして各梁要素の断面主軸の方向を構造のひねりに合わせて徐々に傾けた(この作業は結構、面倒)構造モデルで計算したところ、たしかに上述の値に近い数値を弾き出す。
しかし、待てよと言いたい。シェル要素の結果が収束しているから万々歳ではなく、その収束値が梁理論での結果となると、これは問題ではないか。むしろ、この現象はシェル要素の悲しい限界を言っているのではないか。図2や図3を見れば納得できるが、これは、梁、板/シェル、ソリッドと要素の硬さの逆順に結果の数値が大きくなっているのである。断面不変の仮定が導入されている梁要素、板厚不変が前提である板/シェル要素、そして何も仮定が入っていないソリッド要素という順に、構造モデルでの自由度が大きくなっている結果を図のグラフは示していると思われる。ちなみに、ソリッド要素モデルの結果で、各要素の変形後の板厚を測ってみると、結構、元の値からずれているのを発見する。板/シェル要素モデルでは課題が残るのもむべなるかな、である。
最後に。
収束率がやや低いと思うものの、着実にソリッド要素の値に近づいていると思わせる板要素に比べてのシェル要素の愚鈍さは、この要素で病的に内在するメンブレンロッキングのせいかとも思ってしまう。
なお、本稿では省いたが、板厚が2桁薄い帯板モデルでは、シェル要素、ミンドリン型板要素、キルヒホッフ型板要素、どれも似たような結果を弾き出していて(梁理論結果と近い)、シアーロッキング現象は出ていないようである。
2025年9月記