FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第105話 厚板要素物語 最終回-板の教科書について

今、街中の専門書も並べている大型書店へ行って、機械、土木、建築分野の各書棚を巡って板の力学に関する書籍を求めても、まず無いことを発見するであろう-幸運な人は、わずかにティモシェンコの著書を手にすることはできるかもしれないが。

そもそも、板の教科書(参考書と呼ぶ方が適切かもしれないが)は、梁の教科書に比べると極端に少なかった。板の力学は、標準的構造力学の教育範囲外だったことが一因だろうし、具体例を手計算で解説できる梁の力学とは違って、コンピューターの力を借りないことにはとても具体的な結果を示すことができない板の力学では、教科書としての体裁になりにくいことも一因でもあったと推測する。そんなことで、板の基礎理論は、その概要が構造力学や弾性学を説く教科書内の一章内で説かれることが多かった。

それでも過去、一冊で板をテーマにした書籍は無いでもなかった。ここで筆者が知る範囲で、板力学の記載が比較的豊富だと思った本を下に紹介してみる-ここでは、FEM 関係の書籍は除外している。

  1. □ 板とシェルの理論(上下2 巻):ティモシェンコ・ヴォアノフスキークリーガー共著、長谷川節訳、ブレイン図書出版、1973 (原書は1959 刊)
  2. ■ 構造力学第3 巻 板の力学:成岡昌夫/丹羽義次/山田善一/白石成人共著、丸善、1970
  3. ■ 建築構造学大系第11 平板構造:東洋一・小森清司共著、彰国社、1970
  4. ■ 構造力学公式集:土木学会構造工学委員会、土木学会、1974
  5. ■ 固体の力学シリーズ5 弾性平板:マルゲール/ヴェールレン共著、玉手統訳、培風館、1974
  6. ■ 建築物の構造解析シリーズ・Ⅲ 板構造の解析:谷資信、技報堂出版、1976
  7. ■ 朝倉建築工学講座2 構造力学Ⅱ:日置興一郎、朝倉書店、1977
  8. □ 平板構造シリーズ1 平板の基礎理論:半谷裕彦、彰国社、1995

上で、■と記した本は、今や絶版本となっているものである。読者の中で、見てみたいと思う人がいても、もはや古書マーケットで手に入れるか、大学図書館で閲覧するしか方法はない。

ここで興味深い現象を発見する。原書が日本で出版された板力学の教科書では、そのすべてと言っても過言ではないほど、[1]のティモシェンコの本を下敷きにしていることである。いわば、[1]はこの部門の源流なのである。その源流がいまだ書店の棚にあるというのに、それを受け継いだ書物が絶版の連続とは皮肉なことである。その多くが単行本ではなく、シリーズ本のメンバーとして発刊されたことによる悲しい宿命といえるだろうか。

もう一つの発見は、[8]を例外としてすべて1970 年代に出版されていることである。その後は、ほとんど板力学をテーマにした書籍は出版されていないことになる。1970 年代といえば、実業界でFEM が定着する以前の時代で、日本の大学研究室では、まだFEM が研究対象になっていた時代である。その時代の構造力学分野では、支配微分方程式を直接解析するという従来の古典的アプローチで進める研究部門ももちろんあった。

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この時代、板の力学分野では、仮定の緩和レベルに応じた“板の高次理論-高度な厚板理論”が発表されていたことが、学術文献を渉猟しているとよく分かる。もし、今のようなFEM の成功をみなかったならば、高次理論の成果も採り入れられた板の教科書も登場していたのでは、と筆者は思う。実は[8]が少しこの傾向を持つ教科書なのである。

技術歴史とは、一面残酷なものである。FEM の普及が古典的な板の解析手法で解説する教科書を駆逐してしまったのである。級数解法を採る古典的解析法では-上の教科書類は、数値解析ではすべてフーリエ級数を利用した級数解法を採用している-物理現象を分析的に考察できるという大きな利点も持つのだが、境界条件の違い毎に式を立て直す必要があるという大問題と対象構造の幾何形状に制限を持つという欠点が、利点を大きく上回ることを否めない。これは、実務面での技術者にとっては致命的な欠点であった。厚板の高次理論にしても、FEM でのソリッド要素の成功の前には、もはや退場するしかなかったと想像する。かくして、1980 年代以降では、板の基礎力学は、FEM の教科書内の板要素の章の前置き的説明として、そのさわりが語られることになるのである。

ところで、先に挙げた本はすべて、板の中でも薄板(キルヒホッフ板)中心の内容である。たまに厚板(ミンドリン板)に触れることがあっても、それは薄板との関連性で論じられていることが多い。薄板中心というのは、梁力学におけるオイラー梁とティモシェンコ梁の関係と同様、歴史的必然性と言えるものだろう。厚板理論では、薄板理論に比べて変数も多くなり、偏微分方程式の解法が難しくなるからである。ただでさえ梁力学とは比較にならないほど解法困難を伴う2重曲率の板力学の問題なのに、さらに薄板での4 階偏微分方程式に対応する厚板のそれが6 階偏微分方程式となり、解法に難度が増す。これらをまともに解説していると、微分方程式の解法テクニックの教科書と間違えかねられないだろう。そして、教科書の読者は退屈を強いられること間違いない。

歴史的に薄板理論が先行したのはうなずけるが、それが今に至るまで、幅を利かしてきたのには、もう一つの理由が考えられる。板の領域の中で、縁の部分すなわち境界付近の近傍での結果を除いた大方の領域では、厚板理論の結果も薄板理論の結果も、構造設計面レベルで言えば、目くじらを立ててその差異を論じるほどの違いが出ないからである-念を押しておくが、板の支持辺近傍での結果、特に横せん断力の分布状況は、境界条件によっては顕著に違いがあることは充分認識しておく必要がある。

 

教科書の話に戻ると、薄板の範囲でも多くはない教科書が、厚板ともなると、ますます限定される状況となる。上の[1]~[8]で赤字にしている本には、かろうじて厚板に関する記述がある。[1]と[7]は一節程度の内容で、[5]と[8]は一章レベルの内容を持つ。

ここで、[5]と[8]を取り上げて、少し書評的案内をしておきたい。[5]は[1]同様訳書であるが、[1]よりも理解しやすい内容かも知れない。[1]が薄板中心で技術面を考慮したやや便覧的内容であるのに対し、[5]は厚板理論の特例として薄板を捉えたコンセプトで筆を下ろした感があり、その意味では、現代的感覚に向いた本である。対象内容を円板と長方形板だけに絞った基本的解説に徹しているコンパクトな本でもある。したがって、FEM 関係の教科書の内容では物足りなく感じている人で板の力学を少し分析的に理解したいと願っている人には、現状他に何も無い状況では推薦の一冊である-と言っても、絶版本なので希望者は古書マーケットを当たってみていただきたい。惜しむらくは、もっと厚板の解析結果の実例があったならば、と感ずるところである。

次に[8]である。この本は、その出版年度から見て、それまでの成果を盛り込むというコンセプトなのか、やや総花的な内容となっている。総ページ数が少ない割に広範囲の力学を対象としているので、どのカテゴリーも少し浅いかな、という感想を持つ。しかし、総花的なおかげで、厚板理論も入っており、しかもその内容が他書にはない解説もありということで、厚板の観点からは評価できる本である。非常に分かりやすい親切な記述となっているので、厚板の基礎理論を少しでも勉強したいという殊勝な心がけを持つエンジニアには、絶版になる前に手元に置くことをお薦めしたい本である。

 

以下は、筆者の感想と願望であるが、読者はどう思われるだろうか。

板の構造系に対する力学解析では、FEM を利用するのが当たり前のような時代になっている。しかも、本シリーズで取り上げてきたように、板要素も厚板要素の開発が実用的には成功レベルにあり、現在、板要素といえば、薄板を包含する厚板を意味している。したがって、FEM ユーザーでは、薄板、厚板の違いを特に認識する必要がないわけである。

もはや、板力学の研究を古典的な級数解法で進めたり、実務面でも級数解法を使って計算する人はいないだろう-ここは、筆者の独断と偏見が入っている。板の教科書が、1980 代以降登場していないことが如実にそれを反映していると思う。時代は変わったのである。ところが、新しい時代の教科書が一向に登場してこないのはどういうことだろう。と言っても、数値解析であるFEM では、分析的考察ができないので教科書にはなりにくいが、例えば、便覧的内容は可能であるし、実務者にとっては、ありがたい本になると思う。

薄板時代の例で言えば、[1]と[4]のような関係の本である。[1]は、基礎理論もさることながら便覧的内容も持っていた。しかし、解析例の掲載には限界もあるので、その不足分は、[4]の公式集などが補充してくれていた。

厚板時代の[1]が望まれるところである。いうなれば厚板時代のティモシェンコ本二世である。さらに、その補足本として、厚板の[4]がほしいところであろう。FEM コードが行きわたっているから、もはや不要ではという方もおられるかもしれないが、構造設計の現場では、必ずしもFEM が利用されているわけでもなく、手っ取り早く数値だけを知りたいという設計者もおられるのである。

2016年6月記

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