FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第27話 ボンジニアから見たヒラノ教授

筆者は、5年ほど前から気になっていた本がありました。東京工業大学、中央大学の教授を歴任されていた今野浩氏が執筆されている「工学部ヒラノ教授」から始まるヒラノ教授シリーズのことです。書店の工学書コーナーへ行くと、毎年続刊が出ているものですから、いつか読んでみたいとは思っていたのですが、なかなか読む機会がなく時間が過ぎてしいました。先月の酷暑の夏、思い切って読書時間を取り、特に興味深いタイトルの本5 冊を一気に読んでみました。

今野氏の著書は初めて読むものと思っていたのですが、読み始めて気付いたことに、ヒラノ教授は(以下、こちらの方の名称を使わせていただく)、線形計画法(LP)の大家であり、実は20 年ほど前に出版されていた「カーマーカー特許とソフトウェア(中公新書、1995)」という本を読んでいました。

さらに、驚いたことに、日本のあのバブル期に、オペレーションズ・リサーチの専門家でもあるヒラノ教授は、金融工学の創設メンバーでもあったことでした。あの当時、筆者は、以前働いていた東京勤務の会社で工学部出の求人活動でえらく苦労した記憶があります。地味な仕事に映るエンジニアへの道を放棄して、派手に金儲けが出来そうに映る金融関係の分野へ進路変更する工学部学生の傾向が続いたためでした。その時の、憎き金融工学の旗振り役がヒラノ教授であったというわけです(笑)。

著者自身が工学部の暴露本と言われているように、ヒラノ教授シリーズ本は、その昔、大学=レジャーランドと揶揄された頃に、作家の筒井康隆さんが出した本「文学部唯野教授」の向こうを張った本です-もっとも、小説とエッセイの違いはありますが。

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「エンジニアは、仕事と趣味以外の本は読まない」といった調子の断定的なフレーズが多く、やや思い込みが過ぎるのではと感ずることもあるのですが、歯切れのいい文章に思わず納得してしまい、言い切ってしまう文章には痛快さえ感じてしまいます。「エンジニアの多くは、英語や歴史が好きでも、数学が嫌いでなかった人たちだ」という意見は的を射ていると思いますがどうでしょうか。実は筆者もそうでした。数学が得意でもなかったのですが、別に嫌いというわけでもなかったので、大好きな歴史を趣味にまわして飯を食うに堅い工学部門に進んだものです。

 

ヒラノ教授シリーズ本には、思わずメモをしておきたくなるようなうまい表現のフレーズが随所に見受けられます。そして、ヒラノ教授は造語がうまいのには感心してしまいます。文系・理系の両刀使いのエンジニアをブン(文)ジニアと呼んだりしています。これなどなかなか傑作ですね。これを真似て、平凡なエンジニアである筆者も、ボンジニアと自称して、本話を書いている次第です。

さて、以上のことを言っておいて、一つの違和感があることを告白しておきます。工学部の暴露本とは言うものの、どこか遠い世界のことを話されている気もするのです。ヒラノ教授は、おそらく謙遜の意味を込めて自分をエンジニアと自称していますが、ここからして何か違和感を持つのが正直な気持ちです。ヒラノ教授の経歴を見れば、エンジニアではなく、むしろアナリストと呼んだ方が適しているように思うのです。本の中で紹介されている話の内容も、工学村の話というよりも、コンピュータ出現後の新しい部門でのエリート層の顛末記といった感がするのです。

そこで下に、筆者の独断と偏見で工学部門を分類してみることにしました。

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一口に工学と言っても、明治初期に殖産興業のスローガンのもと、新設された工部大学校内に用意された土木、機械あるいは化学、電信といった古典的工学部門もあれば-この部門が、本家本元の工学部門であることには異論はないでしょう。ヒラノ教授も、この部門を保守本流の工学と呼んでいます-コンピュータの出現以後、工学というよりも応用数学分野に近い新しい工学部門もあるわけです。後者の代表例が情報工学科ではないでしょうか。

上の表の横の段に記した大学のことは、出身大学とか勤務大学とかのようにそのエンジニアが大きく関係した大学のことです。

ヒラノ教授はB グループの人であり、ヒラノ教授の話は、このB の範疇の話なのです。C グループに属する筆者がヒラノ教授シリーズ本を読んでどこか違和感を持った理由も上の分類表からよく理解できます。B とC は工学部門の中でも対極的な位置関係にあるからでした。

最後に、大学への進路選択を前にしたヒラノ青年に対して、ご母堂が言われたという傑作な意見を紹介して、本話の締めとします。「法学部は権力者の手先。経済学部は資本家の手先。文学部は非国民。工学部はタダの職人。大学と呼べるのは理学部だけ」と言われたといいます。この意見、ご主人つまりヒラノ青年の父君が大学の数学教授であったことを割り引いて聞く必要があるのですが、どこか言い得て妙であります。今、大学の人文系部門の縮小を画策している文科省の旗振り役がこれを聞けば、勇気百倍になることでしょう。

2015 年9 月記

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