FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第90話 80年代の頃

過日、テレビで放映されていた“晴れ、ときどき殺人(1984年公開、井筒和幸監督、渡辺典子主演)”という古い映画を観ていたら、会話の中で、「3次元有限要素法」という言葉が出てきた。「えっ」と思って、幸いビデオ録画していたものだから巻き戻して、もう一度聞いてみると、若き頃の太川陽介氏演ずる風変わりな人物がたしかに、「3次元有限要素法」としゃべっている。90-a劇中で、その人物は、映画「ET」で出てきたような自転車をこいで飛ぶような飛行機を設計しているので、間違いないはずである。長く有限要素法に携わってきた筆者も、テレビや映画の中で、この言葉を聞いたのは初めてであった。

ところで、この映画の原作者は赤川次郎氏である。原作本にも、ほんとうに「有限要素法」という言葉が使われているのかどうか、探索に興味が湧いてきて、図書館まで行って調べてみた。結果は、原作のどこにも「有限要素法」の言葉は出ていなかった。私は、赤川氏の作品は1冊も読んだことがないので迂闊なことは言えないのだが、どれか他の作品中にあるのかもしれない-1本のドラマ作品を創作するのに、脚本家が原作者の他の幾冊かの作品を参照にすることはよくあることだから。

以下は、赤川氏が「有限要素法」という専門用語を知っていたことを前提にした全くの推測の話である。彼がこの専門用語をどこで知ったのか、それを考えれば興味が湧いてくる。これが、大学の工学部出身という異色作家・東野圭吾氏というのであれば、うなずける話であるが、赤川氏が工学部出とは聞いていない。そんなことで、ちょっとネット検索させてもらったところ、なんと意外な事実を発見した。赤川氏は、若いころの一時期、機械学会の事務員を勤めていたというではないか。これで、「ははーん」とうなずけた次第である。

冒頭の映画の公開年が1984年で、原作の刊行年が1982年ということである。80年前後は、有限要素法の活性時期であり、構造系分野を有する機械、建設の各分野では、「有限要素法」の用語が飛び交っていた時代であった。機械学会の組織に属していたという赤川氏であれば、「有限要素法」の言葉は当然、耳に入っていたと思うのである。

80年代の有限要素法の世界といえば、商品化された海外産のFEMコードの日本での普及時期であった。この時期は、実は有限要素法ユーザーにとっても2つの画期的な出来事に遭遇していた時代なのである。

その一つが、FEMコードのプラットフォームともいうべきハードウェアのダウンサイジング化である。それまで、汎用機(メインフレーム)でしか利用できなかったFEMコードがワークステーションと呼ばれたUNIXマシンでも使えるようになったのである。大型計算機上に搭載された高価なFEMコードは、大量のメモリを消費し、CPUタイムも占用するので、FEM解析者たちは、周りに遠慮しながらFEMコードを使用していたのである。ハードウェアのダウンサイジングと分散化は、解析専門家たちを制約から自由へと解放させた時代だったのである。これは、後に到来するパソコン時代のFEM大衆化への前触れでもあった。

もう一つは、FEMソルバーの前後を担う本格的なプリ/ポストプロセッサの登場である。それまでも、各FEMコードに付随した専用のプリ/ポストプロセッサは存在していたが、FEMコードとは独立した汎用型のプリ/ポストプロセッサが商品として登場してきたのである。また、元々個別のFEMコード専用に開発されていたプリ/ポストプロセッサも複数のFEMコードに対応した商品コードとして成長していった時代でもあった。

80年代の特徴には実はもう一つあった。皮肉なことに、有限要素法が解析の専門家だけでなく一般設計者の道具となるにつれて、有限要素法が持つ特性や制約に由来する窮屈さも広く知れ渡ることになる。そんな事情を背景に、それまで誕生以来の正統的なアプローチで発展してきた有限要素法も、新しいテクニックが採用されたソフトウェアが日本にも上陸してきたのもこの時代である。オプティメッシュ法、P法といったテクノロジーがそうであった。あるいは、今では機械分野における定番となっている3次元CADを先駆的に導入し始めた企業では、プリプロセッサにおけるオートメッシュ機能に目を向け始めたのもこの時代であった。

振り返ってみれば、解析専門家の道具でしかなかった有限要素法が汎用FEMコードの形で流通コードとして認知され、広くビジネスの世界にデビューした時代が1980年代であったと言えるのではないだろうか。

2015年1月記

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読者からの寄せられたコメント

  1. inohiro より:

    80年代に出版された有限要素法で当方が好きな本です。

    ミステリー作家の森博嗣氏の有限要素法の本は面白かったです。
    水本先生の本はわかりやすかったです。
    有限要素法の書籍のレビューをするのは面白いかもしれません。

    C言語による有限要素法入門 (C言語による構造解析シリーズ)
    森 博嗣,森北出版 (1989/03)
    http://goo.gl/3fo9ML

    エンジニアリングサイエンスのための 有限要素法 (理論編)
    水本 久夫 原 平八郎,森北出版 (1983/01)
    http://goo.gl/nbm2p7

    • Yoshiaki Harada より:

      コメントありがとうございます。
      FEMの話からは離れてしまいますが、森博嗣さんは確か建築の先生ということだったので、一度ある一般書(書名は忘れました)を購入して読んだことがあるのですが、私の感覚に合わず、途中で投げ出した経験があります(笑)。工学部の先生が書く通読書ということでは、”工学部ヒラノ教授”シリーズの今野浩
      さんの本が面白そうで、いつかまとめて読んでみたいと思っています。

      • whitefox より:

        森博嗣さんの文芸本で「アイソパラメトリクス」というのがありましたね。大学の応用力学の講座で、題名関係ないなと思った次第ですが。

        • Yoshiaki Harada より:

          「アイソパラメトリック」と「マトリックス」の合成語でしょうかね。情報、ありがとうございます。

  2. inohiro より:

    今野浩先生の本も面白く、”工学部ヒラノ教授”シリーズも大体読んでいます。
    当方が好きなのは

    数理決定法入門―キャンパスのOR (シリーズ「現代人の数理」) ,朝倉書店 (1992/09)
    http://goo.gl/vbqGCy

    役に立つ一次式 デジタル複製版―整数計画法「気まぐれな王女」の50年,日本評論社 (2011/03)
    http://goo.gl/6WcB3v

    です。FEMをやっていると「役に立つ一次式」を身を以て実感します。

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