FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第23話 科学文化の担い手

人生の持ち時間が少なくなってくると、人の一生に非常に関心を持ち、筆者はこのところもっぱら伝記物や評伝をよく読んでいます。もともと歴史が好きなため、歴史を彩った政治家、実業家、軍人から学者、作家まで、その類の書物を読んできた方なのですが、最近はこれに拍車がかかりました。数学者、科学者もこの例外ではありません。

本エッセイ集のところどころで言ってきましたように、筆者は数学者や物理学者の物語が好きで、その関係上彼らの自伝や評伝もよく読んできたのですが、この分野では、やはり圧倒的に欧米人に偏っています。

小春日の一日、暇つぶしにつまらないことをしてみました。学校での勉強や読書の上で知った、あるいは仕事上で知った欧米の数学者、科学者(特に物理学者)、技術者はいったい、どれぐらいいるのだろうかと思い、手持ちのあちこちの書籍を手操ってリストアップしてみました。ちょっとした自家製ミニ人名事典というところです。考えてみれば、世に出ている正式な人名事典に載る人物も何らかの掲載基準でふるいにかけられているのですから、このマイ事典も自家製の基準でできた理系人名事典というわけです。ただし、リストアップに際しては、近代科学の誕生あたりからに絞っています。

1452年生まれのレオナルド・ダ・ヴィンチ(伊)に始まって、1942年生まれのホーキング(英)まで、490年間に360人の天才たちがいました。その全貌を披露したいのはやまやまなのですが、紙面の都合上、そんなわけにもいかないので、ここではサマリー版にしたのをご紹介します。下の表は欧米4カ国の天才たちの誕生を世紀別に分類した人数を示したものです。

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この天才リストを眺めていて、いくつか興味深いことを発見しましたので、今回はその辺のことを話してみたいと思います。

 

■ 現代文明の根幹をなす科学・技術は西欧に生まれた科学に源流があることは論を待たないですが、この事実は今回のリストを見ても如実に表われていました。特にイギリス、フランス、ドイツの三国が群を抜いています。

イギリスは17世紀から20世紀まで各世紀にまんべんなく人物を輩出している国です。さすがに大英帝国の国だったわけです。

フランスもイギリスに負けず劣らずに人物を出していますが、特に18世紀はフランスの時代と言ってもいいのではないでしょうか。18世紀後半はフランス革命に重なる時期ですから高揚した時代でありましたが、多くの著名な数学者たちの誕生がそれをよく物語っています。しかし、20世紀に入ると、翳りが見えています。

ドイツは、なんといっても19世紀です。この時期のドイツの天才たちの名を眺めていると、ため息が出るばかりです。1868年に明治維新を迎えたわが新生日本が、多くの留学生をドイツに送り込んだわけも分かろうというものです。しかし、先の世界大戦時の不幸なナチスの台頭により、多くの才能がアメリカへ逃げたことにより、20世紀には科学大国の座をアメリカに明け渡すことになります。

ドイツからアメリカへの理系チャンピオンのシフトは、1901年に始まったノーベル賞の受賞数が如実に物語っています。ことのついでに、ちょっと調べたところ、下のような表が出来上がりました。これは、ノーベル賞の6部門の中でも、物理、化学、医学の自然科学系3部門に限って、第二次世界大戦の終了時期である1945年を境にして2010年までのノーベル賞受賞者数の米独間の比較です。

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216名という圧倒的な数字の背景には、戦中はユダヤ人排斥問題により、戦後は豊富な資金と環境に惹かれた学者たちの大量移動があったことを記憶に留めておく必要もあるのではないかと思います。

 

■ スイスもそうなのですが、小国オーストリアが結構、天才を輩出している国なのです。特筆すべきは、大物学者を出していることです。アインシュタインに影響を与えた哲学者でもあるマッハ(1839-1916)、熱力学・統計力学の大家ボルツマン(1844-1906)、波動・量子力学のシュレディンガー(1887-1961)、彼らはすべてウィーン大学に学んでいます。北海道ほどの面積しかない小国で、なぜ、と不思議に思うところですが、これは歴史を踏まえた意見ではないかもしれませんね。オーストリアといえば、今でこそ小国ですが、世が世であれば、他の西欧列国と肩を並べるハプスブルク家の帝国だったのですから。

スイス、オーストリアとは対照的に、イベリア半島の二国、スペイン、ポルトガルに全く人物をみないのが不思議です。これは筆者の偏見のなせる結果かとも思い、丸善出版の“科学者人名事典”を徹底的に洗ってみました。その結果、生物科学系の人で、筆者の全く知らない科学者が3名ほどスペインにいましたが、数学、物理系の人物はやはり皆無でした。

これは一体どういうことなのでしょうか。あのエネルギッシュな大航海時代という世界史の主役であったこともある二国が、数理科学系の人材を出さなかったというのは全く不思議な現象です。

科学文化といえども、その国の文化の一翼であり、完全に独立して存在しないはずです。文学、芸術の文化が栄えているところに科学文化が共存して栄えることは歴史が教えているところです。スペインには、絵画方面で誰もが知る著名な芸術家たちを生み出している国なのに、と思わずにはいられません。それとも、イベリア半島二国のラテン系民族は、数理科学方面では苦手という特質を持っているのでしょうか。筆者は世界史には疎いので、その辺のことは分かりません。読者の中で、このあたりのことを知る人がれば、是非教えていただきたいところです。

 

文化力が出たところで、少し脱線話を紹介して終りとします。数学者でエッセイストの藤原正彦さんが、どこかの雑誌での記事で、科学文化や文化力のことを、世界史を踏まえて書かれていました。国の繁栄の裏には、科学文化、芸術文化の繁栄があるというのです。経済的に中国、韓国に追い上げられ、追いぬかれているわが日本国ですが、文化力ではまだまだ負けていないので、そんなに悲嘆することはないというのです。正確な文意は少々捉え違っているかもしれませんが、おおよその訴点はそんなところでした。

極めつけは、中国、韓国で、いまだ自然科学系のノーベル賞受賞者を出していないでは(米国に帰化した中国人受賞者はいます)、と一刀両断に断言したところです。日本人にとっては痛快極まる一言ですが、負け惜しみの弁とも取られかねない一言です。読者の皆さんはどう思われますか?

2014年初夏記

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