FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第4話 温度名称の可笑しさ

温度計の創作に当たっては、ガリレオ、ホイヘンスという物理学でおなじみの人たちが関係しているようですが、目盛りの二つの定点を水の凝固点と沸点というように最初に考案したのはオランダの物理学者ホイヘンス(Huygens;蘭1629-1695)のようです。しかし、現実の世の中で普及した温度単位の取り方はなかなか単純ではなかった歴史があります。今も、温度単位の統一化という点では問題を残したままです。

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現在、物理学で使用される絶対温度(ケルヴィン温度)を別にして、日常生活の気温などで使用される温度単位は華氏温度と摂氏温度の二つですが(フランスでは、レオミュールという人が考案した列氏温度というのがあったそうですが、一般化しなかったようです)、最初に登場したのは華氏の方です。

ドイツのファーレンハイト(Fahrenheit;独1686-1736)が、それまで、体積変化で利用されていた水、アルコールを水銀に替えた一人だそうです。しかし、二つの定点の取り方がホイヘンス流でなかったのです。ドイツでは、氷点下気温が日常であるため、マイナス温度が出にくい便利さを考えて、ゼロ定点を実験室で得られる温度に設定しました。そして、上の定点は最初人間の体温に設定したそうです(彼の当時は96度F)。

華氏温度は、後には上の定点も水の沸点に変更されて、西欧では普及しました。というのも、この温度目盛りが西欧の気温範囲にあっていたためです。中でも植民地を多く持っていた英国の採用が影響大でしたね。それがもとで、ほとんどの国で摂氏が採用されている今日でも、かたくなに華氏を守る米国の由縁なのです。

一方、摂氏のほうでも、面白い歴史があります。摂氏は、スウェーデンの天文学者であったセルシウス(Celsius;瑞典1701-1744)が考案したもので、1742年、彼は氷の融点を100度、水の沸点0度、と二つの定点温度を設定しました。書きミスではありませんよ!現在の目盛数字と全く逆だったのです。それを、ひっくり返させるよう示唆したのが、同国の植物学者、リンネ(Linne;瑞典1707-1778)です。リンネは彼の植物学で気温を論ずる際、オリジナルの摂氏温度目盛ではやりにくく感じたので、逆転するよう示唆したとのことです。

 

ところで、温度のことをいう場合、こともなげに我々は、摂氏何度、華氏何度という用語を使いますが、読者はこれらの用語の使用に不思議さを感じませんか。英語では、例えば摂氏20度をいう場合、20 degree centigrade(百等分) あるいは、20 degree celsius というそうです。既に、角度の単位にdegree(度)が使用されている事情から、degreeにcelsiusを付加したことは理解できますが、それなら、いっそのこと別の単位を設定すればよかったのにとは思いませんか。これが一つ目の不思議です。

日本語の“摂氏何度”は、上の英語からの直訳語であることはすぐ理解できますが、今度は摂氏、華氏という言葉そのものの不思議さというよりも可笑しさです。“摂”が“摂爾修斯”というセルシウスの、“華”が“華倫海特”というファーレンハイトのそれぞれ中国音からの当て字の頭文字から取ってきていることは比較的知られていることでしょう。

可笑しいのは、“氏”という人名に添える敬意の語の付加です。この可笑しさは、上の例の摂氏20度を簡略せずに言えば理解できます。なんとなれば、セルシウス氏20度になるからです。

もし、温度単位に日本人の名前が使われていたらどうでしょう。日本での寒暖計模作に携わったといわれている平賀源内に因んで命名すれば、“平賀氏20度”となるので笑えますよね。さらに、摂爾修斯→摂の略式に倣って、平賀源内→平を採用すると“平氏20度”になり、平賀源内→源を採用すると“源氏20度”となって、まるで源平合戦となってしまいます。

幸い、世界の科学史の中で、温度計の製作や温度単位の考案に日本人が貢献した史実がなかったので、滑稽な温度単位の呼称で悩まずに済んだという訳です(笑)。

それにしても、日本の歴史の中で、長さ、重さの単位は古代から創作されていたというのに、なぜ、温度単位がなかったのでしょうか、筆者にはそれが不思議の一つです。我々の先祖の人たちは暑い、寒いと感じるだけで、その相対差を知ることになんの関心もなかったということでしょうか。体温の高低にも、数字で知りたいと思った医者は一人もいなかったのでしょうか。これは、明治の時代を待つまで、西欧流の科学が存在しなかった日本の事情といえるかもしれませんね。もし、年貢米の計算に気温も関係していたら、日本でも早くから温度単位が創作されていたことでしょう。

2010年3月記

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