FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第62話 東欧が生んだ父たち

大学の数ある学部の中で、工学部ほど時代の空気に敏感に反応して、同一学部内での活力分布が変わってしまう学部はないでしょう。進路選択に当たっての難関度や人気度をバロメータとするならば、筆者が工学部の門をくぐった昭和40年代前半では、30年代から続いていた造船国日本を象徴して、造船分野が頂点にあったのではと思います。筆者の出身分野である土木分野も高度成長期の日本を反映して多くの工学部内では最上位の位置にありました(造船部門を持つ大学は全国的に極めて少なかったゆえ)。

時代は移り、造船も土木も冬の時代を迎えて久しいですね。造船工学は海洋工学に、土木工学は社会開発工学もしくは都市工学に名を変え、若い人材を集めようとしている状況は周知の通りです。

Civil Engneering を土木工学と捉えるか、都市工学と捉えるかで、若者の心を掴むイメージも違うのでしょうが、教育内容も変えていかないと、羊頭狗肉の策にならないかと思いますが、どうでしょうか。土木は他の工学分野に比べると、随分とバラエティーに富んだ対象範囲を持っています。一方で、ダム、トンネル、橋梁があれば、一方には都市計画、衛生工学といった具合です。

どの分野にも学問の花形といってしかるべき学問があるはずです。都市工学では、一体、何がそれなのでしょうか、筆者には分かりません。しかし、土木工学でははっきりしていました。おそらく、どの大学でも必修科目の対象とされていたと想像する3科目がありました。構造力学と水理学、それに土質力学がそれです。この3科目、土木に身を置く人間には、修めるべき基本学問として一目置かれていました。いわば、高校以下の教育でいう、英数国の存在だったのです。

構造力学と水理学には機械工学分野の方にも材料力学、流体力学という、名称が変わっただけで内容に大差があるわけでない基礎的学問がありますが、土質力学こそ、土木工学特有の学問と言っていいでしょう。

筆者は、初めて土質力学の講義を受けてしばらく後、教科書の中にテルツァーギという人名が散見するのに気づきました。初学者の身ながら、何となく、この人がこの分野で大きな存在であるようにも感じたものです。後年、テルツァーギが、やはり“土質力学の父”と呼ばれていたことを知ります。

2年半ほど前(2009年当時)、地盤工学会から“カール・テルツァーギの生涯”という邦訳本が出版されました。

著者はリチャード・E・グッドマンです。もし、読者の中に地盤解析と有限要素法の両者を経験された方がおられるなら、“グッドマンのジョイント要素”という不連続要素があったのを覚えておられるでしょうか。あのグッドマンです。

筆者はこの本を読んでみて、土質力学の意外な3点を知りました。

その1は、テルツァーギ(Terzaghi:墺1883-1963)その人自身のこと。この人をてっきりドイツ人と思っていたのに、実はオーストリア人だったこと。

その2は、土質力学の生誕の地がトルコだったこと。テルツァーギはトルコにある大学に在籍中、“土の物理学に基づく土工の力学”と題する本を出版します。この出版をもって、土質力学の誕生といわれているそうです。

その3は、土質力学という学問が意外に若い学問だったこと。上の本の誕生時期が1923年頃といいますから、日本で言えば大正末期です。土圧理論には歴史的にクーロン土圧、ランキン土圧という、それぞれ科学者の名を冠した力学がありましたが、所詮、連続体として扱う近似理論です。現に、テルツァーギは設計者がこれらの土圧論を安易に使用することを批判しています。水の存在や、構造材料と違って均質媒体ではない土という自然相手の困難さが、長く、科学者の研究対象から遠ざけていたのかもしれません。

ところで、テルツァーギのように“何々の父”と呼ばれるような工学分野での天才たちの略歴を並べてみると面白い共通点が浮かび上がってきます。

  • チモシェンコ(ウクライナ/1878-1972)
    応用力学の父
  • カルマン(ハンガリー/1881-1963)
    航空力学の父
  • テルツァーギ(オーストリア/1883-1963)
    土質力学の父
  • ミーゼス(オーストリア/1883-1953)

上で見るように、19世紀の終わり近く、ほぼ同時期に東欧で生まれた人たちでした。複雑な歴史と政治を持つ母国ゆえ、去らざるを得なかった東欧の天才たちに、工学分野に携わる人間は感謝しなければなりませんね。

2009年1月記

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