FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第60話 ミスター19世紀科学者

読書の楽しみの1つは意外な事実を発見することでしょう。特に筆者にとっては、ある事で知っている人物が予想もしなかった場面で登場してくれた時がそうです。19世紀イギリスの応用数学者ジョージ・エアリーがそんな一人です。弾性学における応力関数に冠された人物が、グリニッジの世界標準時間決定に関与した人間と同一人物であると、読書なくしてどうして知り得ましょうか。

エアリー(Airy;英1801-1892)は科学がまだ細分化されていない19世紀の人ですから、数学者であり物理学者であり、そして有名な天文学者でありました。19世紀始まりの年に生まれ、世紀の終わり近くまで長生きをしていますから、まさに“ミスター19世紀科学者”と言ってもいいくらいの科学者でありました。

機械系、建設系のエンジニアが学生時代、材料力学あるいは構造力学の学習のみで終えている人はエアリーの名を知る由もないかもしれませんね。しかし、ちょっとでも弾性学をかじったことがある人では、“エアリーの応力関数”という用語で一度はエアリーの名を目にしているはずです。この概念は2次元弾性学のものですから、どんな弾性学の教科書にも出ていると思います。

エアリーの名を知るといっても、構造力学系の人では応力関数に冠されている人であること以外何も知らないというのが実情ではないでしょうか。筆者もしばらくはそうでした。ところが、なんのなんの、知れば知るほどエアリーという人は実に多くの功績を多方面で残していて驚かされるのです。

彼の人生を眺めると、精力的に立ち回ったタフさと運のよさがつきまとった一生でした。ケンブリッジの卒業時からして試験運に恵まれ、シニアラングラーにしてスミスズ・プライズマン(第46話参考)になるという花形の存在でした。

卒業後3年にして有名なルーカス教授職に就くということもありました。ルーカス教授職というのはニュートン時代の昔、ルーカスという人が設けた一種の寄附講座みたいなもので、ケンブリッジにおける数学者にとって名誉ある地位でした。ニュートンは2代目に就いており、代々錚々たる数学者が就いています。最近では、車椅子の天才ホーキングが就いたことはよく知られていますね。若くして、この地位をエアリーが得たのは前任者が辞めたため空席ができたからです。

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こんな調子で、それ以後もエアリーはケンブリッジの天文台長、グリニッジの天文台長、王立天文台長ほか、当時の英国の名誉ある数々の地位を得ていくのです。エリート中のエリートといったところですが、彼が社会的地位獲得にこだわったのには、実は裏の事情もあったという人間臭いエピソードもあります。

23歳のエアリーはある若い婦人と出会い、彼女の家へ結婚を申し込みに行きます。ところが相手の父親から「君には娘を幸せにする経済力が無い」と拒否されてしまいました。それがエアリーをしてハイステイタスな地位を獲得する動機となったという話があります。実際、後には見事その婦人との結婚に成功しているのです。

さて、エアリーの科学界における功罪両面を意外な史実として紹介しておきましょう。その豊富な数学的才能を背景に天文学者としてのエアリーは多くの功績を残しているそうですが、筆者はこの分野、全くの門外漢なので、ここではそれらを省かさせてもらいます。それ以外の、意外な場面で彼の名が出てくる2つのシーンだけにしましょう。

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高校時代の地学の教科書に“アイソスタシー”という用語がありましたね。これにもエアリーが関係しているのですよ。

英国の植民地であったインドで重力測定が実施されたことがあります。ヒマラヤ山脈の影響でその重力線の傾きが計算していた数値より結構、低い値が出ました。これに端を発して、その説明に地質学者、物理学者の間で論争が展開されたのですが、エアリーは今で言うアイソスタシー説を支持します。大きな山脈の下部構造は密度の低い地下山脈があり、それらが地質年代的でいう液層(今でいうマントル層)に浮かんでいるという説であります。まあ、大小の径の丸太が池に浮かんでいる状態が地球上の山脈と言うわけです。こんなところにも顔を出しているのがエアリーなのです(ちょっと余談ですが、ヒマラヤ山脈ぐらいになるとアイソスタシー説も支持されますが、日本の富士山程度ではそれが成り立たないそうです)。

もう1つは、光学面のことです。彼は光についての研究もいろいろやっていて、その中に乱視との関係があります。彼自身が乱視の傾向だったためであります。乱視を修正するメガネを設計した最初の人が、エアリーだったとのことのようです。

エリートで仕事が出来、功績も多い人物は、とかく他人の仕事、功績を認めたがらない傾向にありますね。エアリーもその例外ではありませんでした。皮肉にもエアリーの名はそれで後世に名を記憶されているかもしれないのです。

一番有名なのが海王星発見時のエピソードです。アダムスという天文台での彼の部下がニュートン力学からして、それまで知られている太陽系惑星にはもう1つの惑星が存在するはずだとエアリーに進言したことがあります。エアリーはそれを取り合わなかったため、海王星発見の栄誉をドイツに持っていかれたという天文学史上のエピソードがあります。

次は、コンピュータの父、バベジとの確執論争があります。バベジの解析機関(コンピュータの元祖といわれています。第56話参照)には価値が全く無い、とその開発資金を援助していた時の政府に、エアリーの政治力で支援をストップさせたことがあります。バベジとは終生のライバル関係で、敷設する鉄道レールのテーマにまで論争しています。バベジが広軌道を唱えればエアリーは狭軌道で反論するといった調子です。

頑な古典物理学者の姿を垣間見せるエアリーですが、今では同じ古典物理の範疇にあるファラデーの物理にも理解を示さなかったといわれています。エアリーの当時では彼の理解を超えた物理と映ったのでしょうか、それとも、彼の才能を超えるタレントにはやっかみもあったのでしょうか。

大物の古典物理学者としてはエアリーより20数年ほど後輩ですが、同じく英国生まれのケルヴィンがいます。ケルヴィンの名が理数系で飯を食う人間には広く知れ渡っているのに比べて、エアリーの名はそれほど知られているわけではありません。やはり、絶対温度のK(ケルヴィン)の恩恵かとも思えますが、どうやらそれだけではないかもしれません。

英語の辞書を引くと“snob”という単語があります。その意味は、“社会的地位が下の人々をばかにし、地位や財産などに価値を置く上流気取りの人”とのことです。「Airy was snob」が否定できなかったこと、長い天文台生活では問答無用型の改革論者で部下に厳し過ぎたこともあり、若い才能を育てられなかったことなどが、彼の多大なる科学界への貢献のわりにその名をメジャーにしなかったといえるかもしれませんね。

2008年12月記

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読者からの寄せられたコメント

  1. 風間悦夫 より:

    ご無沙汰しています.いつもの名文を読む限りお元気のように思います.
    実はお願いがありまして書いております.

    ・3次元弾性の応力関数をご存知でしたら,情報を教えてください.
    ・原田さんの近況も知りたいのですが,勿論,差支えない範囲でお願いします.
    ・メールアドレスもできましたら教えてください.

    • Yoshiaki Harada より:

      風間 先生

      お久しぶりです。お元気でしょうか?
      先日、私個人のHP「FEMNGWAY」開設の案内メールを送付したところ、
      風間先生のメールアドレスが使えなくなっていたので、どうされているのか心配していました。今日、メールが届き安心しました。
      まず、ご質問の件ですが、私の狭い知識での話ですが、3次元の応力関数はいまだ見出されていないと聞いているのですが。
      会社の方は、今3月売却することになりました。創業以来、無借金の黒字経営で、財政的には問題なかったのですが、中堅社員の急死などで、極端な後継者不足となり、顧客に迷惑かけない間に売却する結論になりました。私は今、その会社の非常勤顧問をやっております。週一度、大阪の支社に顔を出すのですが、仕事のほとんどは、自宅での社員へのサポートとプログラム開発です。今も、興味を覚えたFEM問題のプログラム開発をやっていますよ。
      以上

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