FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第38話 変換のお話

今年(2006)も桜の季節が巡ってきた。古来、桜を詠った幾多の歌がある中で、筆者は在原業平の次の歌が一番耳に残っている。

「世の中にたえてさくらのなかりせば 春の心はのどけからまし」

そして、つい連想してしまうのである。われらが有限要素法にも「たえて変換のなかりせば」、開発者の心もさぞ「のどけからまし」となるであろうと。

図38‒1 剛体棒に働く力と変位

図38‒1 剛体棒に働く力と変位

さて、今回は座標変換を代表とする物理量の変換の話である。まず、図38-1にある2次元平面内に置かれた剛体棒をお考えいただきたい。

図38-1左のように、A 端を中心に棒 AB を回転させると、B 端には回転量に加えて水平変位も生じることになる。ただし、ここでは微小変形を考えているので、垂直変位は小さくて考慮外とする。逆に、図38-1右のように B 端に水平力を加えると、A 端には水平力以外にモーメントも伝わることになる。このように、2点間の変位と力の関係は共役的な関係式となる。これらの量の関係を A 端の水平変位と B 端のモーメントも加えてマトリックス表示すると、次のようになる。

変位、力の共役的な関係式をもっとスマートに誘導してみよう。今度は座標変換の局面が舞台である。いま、1つの要素の剛性マトリックスが次式の形で既に求められているとする。

ここで、FL:要素座標系参照の節点力、UL:要素座標系参照の節点変位、KL:要素剛性マトリックスとする。

式⑴での物理量はすべて、その要素が定義されている、ある要素座標系を参照としている。これらを別のある座標系での関係式に、例えば構造全体の基準となる全体座標系での関係式に変換することを考える。

まず、要素座標系と全体座標系という2座標系間の変位の関係式が次式で表せることはいいだろうか。これは高校数学以来、習っているはずの座標変換の公式と同型である。

ここで、UG:全体座標系参照の節点変位、T:座標変換マトリックスとする。

ここから、有限要素法での常套手段である仮想仕事の原理に登場願う。

まずは、式2が仮想変位に対しても成り立つことを理解する。それで、

次に、仮想変位 δULδUG に対応する節点力をそれぞれ FLFG とすれば、仮想仕事が(仕事=力×変位)の関係式で各々求まる。ところで、仕事量というのは言わずも知れたエネルギーであり、これは座標系に関係しないスカラー量である。違う座標系で求めた仕事量は全て同じ値となる。それで、次式の関係が成り立つわけである(上添え字の T は転置マトリックスを意味する)。

式⑶を式⑷に代入して式を整理すると、

仮想変位 δUG は任意であるから、上式が成り立つためにはカッコ内の式がゼロでなければならない。それで、次の式が出てくるわけである。

この式と式(2)を併せて見てもらえば、剛体棒の話で言った、変位と力の共役的な関係式が誘導されていることが分かる。

さて、話はまだ続く。式⑴、式2を組み合わせて、式⑹に代入すると、次の式が出てくる。

この式は全体座標系で定義された変位と力の関係式である。結局、式⑴では要素座標系参照だった変位-力の関係式が今、全体座標系のそれの関係式に変換されたわけである。そして、変位 UG の前にかかっているマトリックスの3重積を改めて

とすれば、この KG は全体座標系を参照とした要素の剛性マトリックスを意味するのである。この、

(マトリックス A の転置)×(マトリックス S)×(マトリックス A)

の形の変換は合同変換(Congruent Transformation)と言われており、有限要素法解析プログラムのいたるところで顔を出してくる。実際、式⑴での要素剛性マトリックスからして、KLBTDB の形式(B:変位-歪マトリックス、D:応力-歪マトリックス)で誘導されるから、まるでフラクタル現象みたいである。

合同変換についてひと言。

この用語は少し紛らわしい。同じ線形代数の中で別の場所でも登場する。一次変換や直交変換を説明する箇所で、同じく合同変換という言葉が使用されている。この場合は、変換しても線分の長さが不変だという意味で“合同”という言葉が使用されている。しからば、上でいう合同変換とは何が不変なのか。

まず、マトリックスの対称性が保存される。元のマトリックスが対称ならば、合同変換後のマトリックスも対称であるという非常にありがたい性質がある。もし、この性質がなければ大変なことになる。せっかく、対称マトリックスの形で求めたものを変換したがため、非対称マトリックスとなったのではプログラミング上台無しである。有限要素法のプログラムは、最終的に解く全体剛性マトリックスが対称であることを前提としている場合が多いからである。

次に、表面的には見えないが、マトリックスが持つ固有値の性質が保存されるという重要な合同がある。数学の世界ではこれを“シルベスターの慣性則”と呼んでいる。シルベスターという数学者はちょっと面白い経歴を持つ人で、姉妹エッセイ”理系夜話”の第24話で登場させているので、そちらもご一読を。

2006年4月 記

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