FEMINGWAY 〜有限要素法解析など構造設計にまつわる数理エッセイ〜

第102話 厚板要素物語 その3- 単純支持は単純ではない

梁や板の構造力学を扱う教科書に出てくる単純支持という用語はおそらく洋語からの翻訳だろうが、この命名を不思議に思うのは筆者一人であろうか。他の支持条件が、固定端、自由端あるいはローラー支持と呼ばれているように具体的な物理状況を表象する命名であるのに対し、単純支持とはなんと抽象的な命名ではないか。もっとも、古い教科書では蝶番支持またはピン支持と呼称しているものもあるが。

ところで、単純支持が文字通り単純なのは梁の力学の場合だけであって、板の力学になってくると、決して単純ではないというのが今回のテーマである。梁要素や板要素のように回転自由度を持つ構造要素の端部において、撓みとともに断面の曲げモーメントもゼロとみなす支持条件を慣習的に単純支持と呼んでいるのは周知の事実だが、両要素で状況は大きく違ってくる。それは、支持断面に働くねじりモーメントの影響の違いからくるものである。

両要素とも、曲げの力学とねじりの力学を表現する式の変数として、撓みwに2つの断面回転 θns(図1参照。梁要素では、θs がねじり角に相当)が存在する。そして、θns に相応する力学量である曲げモーメントをMnn 、ねじりモーメントをMnsとすれば、単純支持とは、w = Mnn = 0であることに異論はないと思うが、残りのMns(あるいはθs)の存在が、両者を分けてしまう。

図1 単純支持板端部の断面回転角と断面

図1 単純支持板端部の断面回転角と断面

梁要素の場合、たとえそれがせん断変形も考慮するティモシェンコ梁であっても、ねじり力学の基本式が曲げのそれとは独立に定式化されているため、Mns(θs) が0 であろうが非ゼロであろうが、単純支持に何の影響も与えない。すなわち、単純支持は純粋に曲げ力学の支持条件である。一方、板要素の場合は、それが厚板であるとき、Mnsの扱いでツータイプの単純支持が考えられるのである-薄板に限定されたキルヒホッフ板では、自動的に θs=0 が成立するため(後述)、実質ワンタイプである。厚板要素の支持条件の問題では、実は奥が深い状況が存在し、単純支持も全く単純ではないのである。まずはそのツータイプの単純支持というものを紹介しておく。

 

■Soft Simple Support (柔らかい単純支持:SS1 と称す)

w = 0, Mnn = 0, Mns = 0

 

■Hard Simple Support (硬い単純支持:SS2 と称す)

w = 0, Mnn = 0, θs = 0

 

言い方を換えれば、SS2は面内剛、面外柔であり、SS1は面内外柔の支持と言える。

SS1とSS2の違いが結果に大きく反映する例として等分布荷重載荷正方形板の支持端部での横せん断力を図2に紹介しておく。図中Vxとは、図1でのVnを意味しているが、ここでは、その分布状況に注目していただければいいので、数値および単位については、あまり意味が無く無視してもらえれば結構である。

ついでに言っておけば、図にあるものを含めて以降の数式で使う記号は、板の基礎理論において慣習的に使用されているものなので、各意味をその都度案内することは止めて、最後に付記としてまとめて記載することを断っておく。

図2 厚板単純支持辺の横せん断力(t/L=0.1)

図2 厚板単純支持辺の横せん断力(t/L=0.1)

SS1とSS2の違いで、図2のような差異が生じる所以はBatheの論文1 で紹介されている。ここではその文献からさわりだけを紹介しておくが、それにはやはり板の基本式に登場願うことになる。難解な式が出てくるが、読者は式の感触だけでも味わってもらえば充分である。

 

等質等方性材料の一定板厚の厚板力学の支配方程式は以下のように知られている。

102-a

102-b

ここで、第2式に出てくるΩは、“局所的な面内ねじり”と呼ばれる量で次の式で定義されるものである。

102-c

一見するところ、式(1)と式(2)は、変数wとΩが両式で連成していないので、二つの式はお互い独立した式となっている。だが、境界条件を考慮する際、両者は連成することになる。

Ωの定義式を眺めると、3次元弾性体の弾性学で歪テンソルとペアで出てくる回転テンソルの式と同等なのが興味深いところである。実は、このΩこそが本テーマでの重要キーとなってくるのだが、それを話すまえに、式(1)を見つめ直していただきたい。

右辺第1項のみを採用し、左辺の重調和演算子記号も外した具体的な偏微分方程式を記載すれば下の式となる。

102-d

この式こそ、19 世紀初頭、板の理論に先鞭をつけたフランスのソフィー・ジェルマン(Sophie Germain)により導かれた式で、以後S.ジェルマンの式と呼ばれているものなのである。もはや、お分かりだと思うが、この式は、後年、キルヒホッフ理論の基礎式として薄板の世界で長く生きることになる式なのである。ジェルマン女史のエピソードについては、本エッセイ第27話で紹介しているので、そちらもご覧いただけたらと思う。

 

閑話休題。理論式の詳細な分析から、なめらかな境界面を持つ板端部断面でのねじりモーメントMns、横せん断力Vnが次のように誘導されている。またまた非常に複雑な式が登場するが、単に式抜きのあっさり過ぎる説明を避け、臨場感を味わっていただくために引用しただけなので、ここでは式の雰囲気を感じ取ってもらうだけでいい。

102-e

境界層”という言葉が出てきて驚かれた読者もいるだろうが、これは板の端部近傍のことで、Ωが影響を与える領域といったことを意味する。流体力学の分野では、あの有名なプラントルの“境界層理論”というのが広く知られているが、固体力学までも境界層の概念があったとは、筆者も初めてこれを知ったとき、正直驚いたものである。

さて、Ωすなわち上式右辺第3項が影響するのは境界層内だけであり、端部から離れた板内部領域では、単純支持がSS1であろうとSS2であろうと結果に変わりはない。しかし、板の端部においては、情況が違ってくるのである。その理由は、SS2では境界層が消滅してしまって、Ωが寄与する上式第3項が無くなるからなのである。この結果の一例が図2だったのである。

特筆すべきは、ミンドリン板(厚板)といえども、SS2の端部では実質、キルヒホッフ板(薄板)と同等であるということである。それはこういう理由からである。上で、Hardな単純支持すなわちSS2では境界層が消えると言った。ところで、SS2の場合、具体的には支持部断面の法線軸(n軸)回りの断面回転角θsを=0と操作することである∗。そうすると、下式に示す板の境界面でのせん断歪の式から、せん断歪γst=0となってしまうのである。

102-f

というのは、板端部の中立面上にある支持点はすべてw=0だから、当然接線角を示す1階微分もゼロであり、結局せん断歪がゼロということになり、これすなわち、せん断歪を無視した板であるキルヒホッフ板ということになる。

 

最後に、FEMユーザーへのガイドをして終りとしよう。

以上の話からすると、単純支持する厚板構造の解析で、SS1とSS2とどちらを採用すべきなのか、という迷う問題が残る。指針としては、硬い単純支持であるという状況が明確である場合を除いて、一般にはSS1、すなわちSoftな単純支持を採用するのが無難といわれている。この大きな理由は、SS2では、境界層の応力分布を捉えきれない理由もあるが、過去の研究成果も一因にあると想像する。単純支持する円板の解析をSS2で実施すると、理論解とはかけ離れたパラドックス的現象が報告されている。

 

*本話ではその違いに問題が生じないが、板の基本理論で使用されている断面回転角の定義とFEMで使用される節点での回転自由度は一般には違うことに要注意。後者では、下添字の意味が前者とは逆になっていることと、符号定義は座標軸正方向の右ねじ法則で統一されている。

 

[付記:記号の意味]

本文内で説明しなかった記号の意味をここで記する。

■ L:板の代表的スパン長
■ t :板厚
■ s :板の境界断面の中立軸に沿って取られる曲線軸
■ n :板の境界断面の法線方向に取られる法線軸
■ θx :直交座標平面xy内に想定された板断面の回転角の一つ。x軸周りの回転ではなく、x軸方向への回転であることに要注意。θy も同様。
■p :分布荷重強度
■E :ヤング率
■ν :ポアソン比
■k :横せん断補正係数。通常は、5/6の値が採用される。
■D :板の曲げ剛性。D=(Et^3)⁄(12(1-ν^2))

2016年3月記

  1. K.J.Bathe and Bo.Häggblad , ‘Specifications of Boundary Conditions For
    Reissner/Mindlin Plate Bending Finite Elements’, Int. j. numer. Methods eng., vol30, 981-1001(1990)
    []

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読者からの寄せられたコメント

  1. 今村純也 より:

    102話までざっと眺めました。やはり板曲げが最後でも出てきましたね。4階の微分方程式で、力学では最高階だからと思います。(Schaleで8階を見た記憶があるが、勘違いだったか?)
    遷移行列法がないようですね?遷移行列法は有限テーラー級数をベースとします。重要なものはそう多くなく、①有限テーラー級数②NR法③最小2乗法④Galerkin法⑤CV法、くらい(もう1,2あったかも?)だと思います。CV法は運動量を区分領域で保存する、ことは当たり前ですが、Galerkin法は系全体の運動量を保存する、認識も重要です。あとひとつはpivotの選択が重要です。スカイライン法で列交換解法があればいいんだが、と思います。以上、最後まで眺めた感想です。
    追伸:もうひとつ、一般化応力法が重要です。

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